兵庫県知事選の個人的なかんそうをなぐり書きしておく。※漫談ですのでコメントは受け付けませんしスパム扱いします。小並感満載な独り言であり垂れ流しです。
大きく感じるのは
- 自称リベラル陣営の組織動員力は浮動票に負けるということ。むしろ動員すればするほど浮動票は離れていく
- マスコミの信用力低下はかつてないほど大きい
ということ。
一言で言えば、自称リベラル陣営のマスコミ特にTV局による煽動報道が通じなくなってきたということです。
全体投票率は前回を15ポイントも上回る55.65%。中でも期日前投票が前回の1.5倍(前回60万→今回94万人で、選挙人登録名簿=今回兵庫県有権者の21%弱)に膨れ上がったという事実もマスコミにとっては厳しい現実だろう。兵庫県選管によれば、結果的には最終的な投票数は無効票入れて246万だったそうだから、今回投票した有権者のうち実に38%もの有権者が期日前投票していたことになる。どう見ても稲村氏陣営の車だろう選挙カーが看板(候補者名)を外して投票日に周回していたようだが(もちろん選挙違反)、そんなのはまるで無駄なのだ。投票前日20時ごろに「最後の!最後のお願いに参りました!」と叫ぶ手法などもう通用しなくなっている。
そもそも発端はパワハラ・おねだりだったわけだが、最初聞いたときこそ「けしからん奴だな」「若いのに今どきそんなセンスの無さで都市部知事やってるのか」という印象だったが、聞けば聞くほど何かがおかしいなと感じ始めた。※私は兵庫県民ではないため今回の対象有権者ではない
- パワハラはいわば公務員(県庁職員)に対するものであったが、エビデンスもなく垂れ流し続けるマスコミの姿勢に危うさを感じ始めた。かつて明石市長(泉氏)が暴言で一発退場となったが、アノ時はきちんと録音というものがあった(しかしそれでも泉氏の市政が評価され再選した)。今回は録音データすら出てこず、ましてや聞いても匿名アンケートの、しかも伝聞というものを強調するだけで、視聴者として知りたい情報ではなかった(録音データが出れば一発だったろう)。
- またおねだりについても、一部おねだりを受けたはずの店舗などからそういう事実はないという声も出ていたようだが、それすらマスコミは流さずに延々と百条委員会をやっていた。
(もちろん全番組見ていた訳では無いし、途中からはチャンネルを変えたが)視聴者の感覚的には百条委員会ではエビデンスは出ていなかったのではないかと思う。
決定的だなと思ったのが、朝日新聞だったかの出口調査で、「斎藤氏の県政を評価する・しない」のヒアリングと投票先を調査した画像だった。それを見ると斎藤氏の県政自体を76%もの有権者が評価してるという。そのうえでどこに投票したのかは当然わかれるが、斎藤氏が行った県政は兵庫県民に評価されているのだ。※特にこういうマスコミに不利な指摘では著作権問題で言論封殺を行ってくるだろうことはわかっているので画像引用しない(言論だけなら引用でイチャモンは付けられない)。一言一句正確に引用しないのも同じ理由。たぶんネットで転がっているので探してほしい。以下同じ。
またこれは別の新聞記事だったが、斎藤氏の公約実現度は98?とにかく90%を大きく超えるものであったという。(パワハラ・おねだりが真実かどうかはここではさておくとして)公約はきっちり実現しているらしいのだ(例によって日本ファクトチャックセンターあたりが噛みついているが)。政治家の評価として、特に自治体の首長の評価として、まずそこは素直に認めるべきなんだと思う。※明石市長の件でもパワハラが事実だったにも関わらず反省と仕事(特に母子関連)が評価され再選を果たした件も忘れてはならない。そもそもあの国道2号拡張事業がなぜ急務なのかを知れば泉氏の意図はわかった。もちろんそれだけではないが、地方官庁の職員を叱咤激励管理監督するのが首長に求められる仕事であって自由闊達にのびのびと県庁仕事をされても地域住民は困る
※自称リベラルは国政と地方選挙をごっちゃにして、いつでもどこでも「アベガー!自民政治の打破!」しか叫ばないが、(こんなとこで言うまでもなく)地方選挙はそんな問題を取り扱うためにやるのではない。地方(もちろん首都圏でも都県レベルは地方という意味での地方)には地方の問題があり、都道府県職員の仕事を管理監督するためにこそ首長が選出されコントロールする。必要なら議会の解散も行う。そういう地方自治の仕組みをまったく蔑ろにしているのは自称リベラルとそのお仲間たるマスコミである。兵庫県は、金井元彦(内務官僚)、坂井時忠(内務・警察官僚)、貝原俊民(自治官僚)と続いたあと一般的には悪評高い井戸県政が5期20年も続いた。その間、阪神・淡路大震災もあるなどしてかつての神戸を代表とする兵庫県の地位低下は目を覆うべくもない。かつてJR西日本が「三都物語」(1990年、京都・大阪・神戸)と銘打って行ったキャンペーンなど今は名残すらない。政局ゴッコ(ましてや利権争い)しているヒマなど無いはずだ。
今回の選挙でもオール沖縄ばりの自称リベラル連合が稲村氏を応援していたことに違和感を抱いた有権者も多かったのではないか?100歩譲って兵庫県下自治体首長が稲村氏を応援するほどの、斎藤県政になにか大きな失政や汚職・不正があったならまだ理解できるが、それならそれこそを報道すべきだったろう。それもなく自らオール兵庫ですといわんばかりに勝手に連合を形成するのは他県有権者からしてもひたすら気持ちが悪かった(もちろん個人的な感想)。
もちろんこれは断片的なものでしかもエビデンスは示されていないものであったが、しかしこういう面こそマスコミは取り上げるべきではなかったか?はっきりしないものの報道に、しかも全国放送で延々と取り上げながら、視聴者が知りたいと思う情報は調べもしないし報道もしなかった。これはマスコミの報道が信用されなくなっている原因でもあろうかと思う。ハッキリ言えばワイドショーとワイドショー的報道番組だろう。アナウンサーが原稿を読むだけの定時ニュースではほぼ局・ディレクターサイドの感情を入れないからあれはまだある程度信用されているとは思うが、コメンテーターを入れてBGM付きビデオを流して感想を言い合うだけの番組がまったく信用されていないのだ。「ワイドショー」や「情報番組」という呼び名をしているようだが、スポンサーの付く芸能人を呼びやすいという建付けの良さがあるためか大流行で、なおかつどんな番組でも政局的話題を取り上げるようになったため、より話題が集中する傾向が強くなってしまっている。
今回マスコミの反省?言い訳の弁として「(いわゆるNHK党)立花氏の参入で流れが変わった」「ネットの陰謀論(デマ)を信じた結果だ」などというものがあるが、そもそも今やマスコミの信用度が、立花氏に負ける信用度合いであったり、ネットの陰謀論とやらに負ける信用度合いでしか無いという事実に向き合うべきだろうと思う。実際自称リベラル陣営だって必死にネット活動(ツイッタータグデモ)してるのだ。負けたからと言っていきなりネット規制論が飛び出したり、兵庫県民を見下したりと実に自称リベラル陣営らしくてわかりやすい。
しかも「陰謀論」と簡単にくくって馬鹿にするが、例えば「UFO(宇宙人)がいる!」なんて陰謀論は大半の人が信用していない。ではなぜ兵庫県知事選ではネットの「陰謀論」はマスコミ報道よりも信用されたのか?を真剣に考えるべきだろうと思う。兵庫県職員幹部が自死されたことは決して見逃されないことだが、ではなぜ百条委員会が開催される前に行ってしまったのか。それは齋藤氏の県政と本当に関係性があったのか。告示前にはさんざん思わせぶりな報道を繰り返しておいて、選挙が終わってみると責任をすり替える議論が横行する。それをこそマスコミはきちんと報道するべきだろう。
まあ書いててわかっているが、オールパヨクが負けた”兵庫県知事選など本当にあったのか?”という態度を取るか、もしくは「陰謀論に負けました」などという自称報道番組で負け惜しみを言うだけだろうというのはわかっている。「陰謀論は怖いですね~。賢明な視聴者の皆さんは騙されないように」などと御用コメンテーターに述べさせて終わるだろう。
だからマスコミは信用されないのだ。
ミヤネ氏のやってる番組(Mr.サンデーらしい)で70代女性という方が「以前は番組を見てましたが最近は見ません。Youtubeを見てます」と答えていたのが印象的だった。もはや陰謀論で済ませる状態ではないのだ。私のような「マスコミ報道はほとんどおかしくてでたらめだ」というのはかなり極端だろうが、少なくとも多くの人が「マスコミ報道はどこかおかしい」と感じ始めている。しかもオールパヨクで結託して全局・全番組で同じ内容・同じ意見を垂れ流していれば、そりゃ多くの人が「何かがおかしい」と感じるのだろう。もちろんそれは正常な感覚だ。
「たとえ犯罪者であってもきっちり反省したなら社会はそれを受け入れよう」などと宣っているのはマスコミではないか?ならば自らの報道姿勢もきっちり反省したらどうなんだろう。
アメリカ大統領選でも露呈したが、今やマスコミ報道は公平に事実を述べているのではなく、特定支持勢力の妄想願望に沿ったストーリーを垂れ流す装置になりつつある。しかし冷静に考えてほしいのは、そんな報道機関など意味があるのかということであって、それじゃあ政党機関紙を読まされているのと同じである。要するに(政権交代を目論む)特定勢力のプロパガンダ機関でしか無い。あれだけ戦前戦中の大政翼賛的な政治体制や報道姿勢を批判するくせに、自分はその蛸壺に入り込んでしまっていることに気づいてはいるのだろうが、それを是正はできないという悲しさがある。
どうしてもマスコミを信用してほしいなら話は簡単で「ワイドショーで政治問題を扱わない」「(報道内容についての)感想/コメントを述べない」これだけでいい。
定時ニュースで事実だけを述べれば信じてもらえるのだからこれほど簡単な話もない。細かく言えば、BGM付きナレーション付きビデオを流さない(そもそもエビデンスではないビデオは必要なのか)。一部を切り取らない。(毎日あるいは定期的に出演させている)御用コメンテーターに恣意的な意見を述べさせないということになるだろう。これだけで信用は取り戻せるがどの局もやろうとはしない。自称情報番組?では始まってMCが挨拶するといきなりナレーション付きのビデオを長々と流したうえで、コメントだけ生で流す番組まである。あれが自称情報番組とはどういう神経なのだろう。煽動してやるから大人しく視聴してありがたく洗脳されろ的なものなんだろうか。たぶん多くの人はそれならYoutube(あるいはネット上のニュースサイト)を見るだろう。
「番組全体あるいは局の番組全体で公平である」なんてBPO的な言い訳を素直に受け取る視聴者などいないし、実際局全体で見ても公平ではないだろう。今日のニュース項目と出演しているコメンテーターを見るだけでだいたいどの方向に流したいかがわかるくらいに視聴者は賢くなっている。しかしそれでも公平なフリがバレてないと思っているのか、自分自身での指摘・修正・改善はできないのか。自称リベラルに染まった報道は、まるで麻薬である。
蛇足で、一部報道関係者や一部コメンテーターが報道についての反省の弁を述べているようだが、その中でTBS安住氏の言葉が気になった。※下線は引用者による
“いったいどの情報を信じていいのか分からない。地動説と天動説くらいだ”と言った方がいらっしゃいますが、皆さんもこういう選挙、初めて見たのではないかと思います。私もそうでした」と切り出し、「そして、テレビ、メディアに対する批判も十分に自覚しているつもりです。皆さんがテレビに物足りなさを感じている、SNSと比べて、などなど意見あると思います
などと言ったようだが、”こういう選挙”実は初めてではない。
従来からそういう流れはあったが、例えば今年の7月7日投開票の東京都知事選、レンホーフィーバー(#れんほう流行ってる)とは何だったのか。結果は石丸氏にも負けて3位だった。今年で大きいものではアメリカ大統領選で、1年以上前から(影響力もでかいし同盟国とは言え)他国の大統領選の動向と称してトランプ氏サゲ情報を熱心垂れ流したが結果は御存知の通り。衆院選でも比例得票数では立憲は伸びなかった。だから自称リベラルが大好きなリベラル活動の”一丁目一番地”であるはずの政権交代もできなかったし、いつのまには国民民主がキャスティングボードを握った上に首班指名でも反旗を翻した(自称リベラルの言い分)ことも気に食わななかった。そして今回の兵庫県知事選も同様である。
※もっと言えばオール沖縄が崩れ始めた(6月沖縄県議選、9月宜野湾市長選)のもそうだったのではないかと言えるし、今回兵庫県知事選で隠れてはいるが、今回東京都議補選(武蔵野市)も立民候補が自民候補に負けているのもそうであろうと言える。武蔵野市と言えば前市長(現在は立民の衆議院議員)の松下氏がかなり偏った政治姿勢だったところである。
しかし自称リベラル勢力としても「煽動できなかった」という衝撃は大きかったらしい。
やはり情報番組を担当している司会者として、選挙になりますとやはり候補者を公平に扱うという決まりがある中で、なかなか選挙の情報について1番欲しい時に放送できないというジレンマもありながらですが、やはり今回はNHK党の立花さんが後半になって独自の主張を展開し始めたあたり、これが本当のことかどうか分かりませんが、やはりこのあたりで私たちもきちんと何が起こっているのかを報じるべきだったと思います
長いが要するに「立花氏の陰謀論に騙されるな!という話であって反省でもなんでもない。どうせ「何が起こっているかを報じる=立花氏や(そのバック)がいかに怪しいかを印象操作する」だけであろう。しかも問題はむしろ「選挙公示/告示前」の恣意的な偏向報道なのだが、それに触れないのも小狡いとしか言いようがない。もちろん安住氏はその違いをわかったうえで言っている。「情報番組」などという物言いがすでにおかしいのだ。
※むしろ大半の主に兵庫県外の国民は7月か8月に報道でこれを知り、ほぼ1ヶ月程度報道合戦(メディアスクラム)が続いたあと、不信任決議案が出されたのが9月19日、自動失職したのが9月30日。その後世間は自民党総裁選(9月12日告示、27日投開票)とそれに続く衆議院選挙(10月15日公示、10月27日投開票)一色となり、兵庫県の問題など忘れていたと思われる。そして10月31日に兵庫県知事選挙の告示。ここで斉藤氏は出直し選挙への出馬を決めた。安住氏や例の玉川氏がいっているのはこの告示後の話であって、それ以前は政治的公平性もクソもないのは国民はみんな知っているし、彼ら自身ももちろんわかっているはずだが、この告示後には政治的公平性に配慮しないと放送法に触れるので…みたいな言い訳をする。そういう嘘を付くから世間はマスコミを信用しなくなるのだ。そもそも斎藤氏は辞任に値する失政を行ったのか?パワハラ・おねだりとされた問題は事実だったのかどうか、自殺した職員との関連性は?そのあたりはまったくわからないまま斉藤氏は事実上辞職(自動失職)へと追い込まれた。そもそもあの問題を全国放送する意味はあったのか?この間のマスコミ報道(メディアスクラム)に一切責任がないのかという指摘を彼らはあえてわかってて誤魔化している。もちろん斉藤氏自身がもろもろの説明を行っていない点も不信感をました点だと思われるが、それは兵庫県民の判断が当然ながら尊重される。県民の意思は先の選挙結果通りである。