2026年衆院選の振り返り

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後々の自分の振り返りのために、いま現在同意できたり自分自身で思っていることなどをまとめておこうと思う。

  • なぜ若者には消費税廃止論が刺さらないのか
  • なぜ自民党は刺さり続けるのか?政策実現するとはどういうことか
  • なぜ中道改革連合が負けたのか?
※念の為に書いておきますが、筆者は支持政党というものがないいわゆる無党派層(都市部浮動層)の一人です。その時々により、また選挙区立候補者の都合により、投票する政党は常に変化しています。考え方としてはやや保守寄りだと自認しており、少なくともリベラル思想などは持ち合わせていません。国粋主義者までは行きませんが、日本に生まれ育った日本人として、日本の文化・伝統は大切にすべきだと考えている人間です。

変更履歴:

  • 2026年2月10日:初稿
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概要

2026年2月の第51回総選挙は、自民党の圧勝で終わった。自民党で316議席、与党である日本維新の会の36議席を合わせると352議席(定数465)という圧倒的多数を占めることになった。※改選前は自民198+維新34の232議席

選挙前に高市総理が掲げた目標値である「与党(自民+維新)で過半数」どころか、蓋を開ければ自民単独で絶対安定多数261を突破し、さらには圧倒的多数310まで越してしまった。

この現象はどういうことだったのかを、のちの自分のために整理しておこうと思う。

※人間というのはその時々の事象に影響され流されやすい。物事が起きた時点での思っていることを書き留めておくことで「当時はこんなこと考えてたんだ」と振り返ることはとても重要。

※日本の国会(衆議院)において「過半数」(233議席)とは法案を議決する際の条件であり、「安定多数」(244議席)とはすべての常任委員会での委員の半数を確保し委員長ポストを独占するのに必要な議席数であり、「絶対安定多数」(261議席)はすべての常任委員会で委員の過半数を確保しかつ各委員会で委員長を独占するのに必要な議席数を指し、「圧倒的多数」(310議席)は秘密会の開催、議員の除名、憲法改正発議(ただし参議院でも2/3必要)、参議院否決時の衆議院での再可決などを満たす。※なお議員定数は時代により異なるので単純比較は出来ない。

※今回の自民党単独316議席はこのすべてを満たす「圧倒的多数」状態を就任3ヶ月の総理大臣が達成したということになる。過去の自民党歴代総理(中曽根総理300議席:追加公認で304、小泉純一郎総理296議席、安倍晋三総理294議席)でも最多であり、なおかつ旧民主党政権発足時の308議席すら上回ってしまった。連立与党でこの「圧倒的多数」を満たしたのは、民主党鳩山内閣(社民党・国民新党との連立内閣)と安倍内閣(公明党との連立内閣)だけであり、今回の高市政権はそれを自民党単独で満たすということになる。マスメディアが騒ぐのはこういう理由による。

※なおいま現在、野党支持のマスコミや野良運動員がさかんに「維新は切られる」などという風聞を頑張って流しているが、上記を見ればわかるように憲法改正を睨んでいる高市総理にとって見れば参議院での2/3も必須条件なため切れるわけがない。参議院では自民維新を足しても過半数にすら届いておらず、2/3にはあと46議席ほど足りない。憲法改正発議では”衆議院の優越”は適用されず、他にも国政調査権や弾劾裁判、自衛隊の防衛出動の承認、NHK予算の承認などについても衆議院の優越は認められていない。予算/法案審議(主にTVに映る予算委員会でのイチャモンやクイズ大会)しか考えていないからそういう低レベルの議論がまかり通ってしまう。もっともそんな政治的に白痴な有権者(かどうかも疑わしいが)を育てたのはマスメディアであり、それに踊らされた野党である。責任を感じてほしい。

だいたい「総理になれないかわいそうな女」だった高市氏が総理になれたのは自維連立があったからであり、だからこそ身を切る内容(議員定数削減など)も含んでいる連立協議書を合意した。もちろん高市総理には悲願だった憲法改正を諦め、そういう過程を全部チャラにして維新を与党から放り出す選択肢もなくはない。しかしそれは同時に政治家・高市早苗氏個人の政治生命もそこで終わるということであるし、何のために総選挙の賭けに打って出たかがまるでわからなくなる(次の2027年9月の自民党総裁選では評価を上げた小泉候補に負けるだろう)。総選挙で圧倒的多数を得た高市総理のいま現在の本丸は憲法改正でしかない(改正草案も手元に用意していると発言している)。”師匠”の安倍総理ですらできなかったその自民党結党以来の悲願を成就すれば、間違いなく歴史に残る自民党総裁ということになる。

 

なぜ若者には消費税廃止論が刺さらないのか

日本の消費税は1989年に竹下内閣で3%として導入され、その後1994年には細川内閣では7%の国民福祉税の導入が検討されるも一夜で撤回され、1994年の村山内閣で5%引き上げが決定され、2010年の菅直人内閣で10%への引き上げが検討されるも小沢一郎の反対で凍結、しかし2011年の野田内閣で自民・公明との合意を受けて10%引き上げの関連法案が衆議院を通過して小沢一郎が離脱することになった。

経緯はともかく、要するにZ世代(1997/8年以後生まれを指すという)にとっては物心ついた頃から存在する税制でしかない。彼らにとっては105円握りしめてお菓子を買いに行くことが当たり前の環境で育ったので、いまさら「消費税廃止」を叫ばれてもあまり刺さらない。「消費税払いたくない」という消費税廃止論は、税導入以前に青年期を迎えた主に中高年に刺さる政策となっている。

ましてや目的税として導入されたこともあって現在でも福祉目的税として存在し、主に年金・医療・介護などの社会保障費の安定財源となっている。その消費税を廃止するとなれば、主にそれらを使う側の中高年以上のうち、特に現役世代を除く高齢者は無税で社会保障を受けることにもつながる(現役世代相当の高所得者を除く)。

※消費税のうち国に入る約34兆円のうち、年金は14.3兆円(42%)、医療12.3兆円(36%)、介護3.7兆円、子供・子育て支援3.6兆円の内訳となっている。出典:消費税の使途に関する資料 : 財務省
※なお消費税のうち地方収用分(地方消費税6.5兆円+地方交付税分4.9兆円)は13.9兆円あり、仮に消費税を廃止すれば地方自治体は当然文句というか代替財源を寄越せと
言い始めることになるが、マスコミは不都合なので(少なくとも野党の政策を取り上げる際には)そういう地方の意見を取り上げない。

ここでいう年金(公的年金)とは、国民年金(基礎年金)や、あるいや厚生年金のことを指している。学生や自営業者の場合は前者だし、会社勤めを始めると厚生年金に加入することになり、支払額も増えるがそれ以上に将来の受給額が増額されることになる(いわゆる二階建て部分。企業も折半で負担している)。ついでに言えばこれ以外に保険会社などが販売して個人で加入する「個人年金」という商品もあり、現在余裕のある人などは将来に備えてこれに入ることも可能で、その場合には公的年金(厚生年金の場合はそれを加算)+個人年金が将来受け取れる金額ということになる。ただし個人年金はよほど高金利のときに入った場合でなければ2倍もつくことはない(最低2倍が保証される公的年金がどれだけ有利かわかる)。もちろん個人年金は金融商品の一種であり、今ならこの代わりにNISAやiDeCoなどという選択肢も出てきている。

「消費税を廃止したら主に高齢者の医療費(のうち保険負担分14兆円)は誰が払うの?」というのは真っ当な疑問だと思う(若者は医者にかかること自体が少なく大半はインフルエンザや骨折などである)。自分の負担が減るのはもちろん嬉しいが、その消費税の使い道が社会保障費だと聞けば、それをどうやって補うのかは気になるだろう。ただでさえ公的年金の受給総額が減り続ける世代でもあるので、こうした制度設計の欠陥については敏感にならざるを得ない。現に「公的年金」などと検索すると「払う意味ない」「もらえないのに払う」「義務 おかしい」「元を取る 何歳」「元 取れない」などという、高齢者には耳の痛い関連検索ワードがずらずら出てくる。年金制度すらおかしい(若者目線)のに、消費税まで廃止すれば現役世代の実質的な負担がさらに増えるのは明らかであり、消費税廃止を叫ぶ政党は彼らにとっては言い換えれば若者搾取であり眉唾にしか思えないのではないか?

※なお実際には公的年金が元本割れすることはなく、支払った総額に対する障害受給額=給付負担倍率でみると、現在の80歳代の場合はこの比率が約6.1倍あるとされ、70歳代4.2倍、60歳代3.1倍と下がっていき、50歳代2.7倍、40歳代2.5倍、30歳代2.4倍、20歳代2.3倍と、計算上はなっている。この給付負担倍率が2倍程度で収束していくように見えるのは、小泉政権時代(坂口力厚労大臣)に導入されたマクロ経済スライド方式にある。この制度の導入により、受け取り総額を減らし、なおかつ現役世代の支払額の上限をかける目的で導入された経緯がある。これにより2倍は死守できるようになっている。

支払い年数や受給年齢、寿命がそれぞれ違うのだから、言うまでもなく上記給付負担倍率は平均値である。それ以前に公的年金の場合は、長生きすれば給付負担倍率(総受給額)は高くなり、早く亡くなれば(世代に関係なく)自動的に低くなる。現在の80歳世代といえど受給開始の65歳前後でなくなっていれば当然給付負担倍率はゼロに近い。

上記目的税のところで消費税の使途として「年金」というワードが出てきたので鋭い人は気づいただろうが、結局消費税は公的年金にも繋がっている。

日本の公的年金は、厚労省の2023年度分で見ると歳入が54.4兆円、歳出(年金支払い)が50.3兆円、残金4.1兆円は次年度繰越となっている。この歳入54.4兆円の内訳は、年金保険料として徴収した40兆円+消費税の年金組入分13兆円となっている(その他GPIFの運用金なども一部入る)。仮に消費税を廃止すればこの年金組入13兆円(財務省資料2025年分では14.3兆円)をどうやって調達するのか?その財源はまた納税する現役世代の負担なのか?そもそも年金自体に疑問をいだいている現役世代に対して、消費税廃止を訴えるのが如何に欺瞞に満ちていることなのかを考えてほしい。

今回唯一、政策として消費税廃止を挙げずに「社会保険料負担を下げることを優先すべき」、「高額療養費限度額の引き上げをやめるべき」と訴えたチームみらいの政策は、若者にとっては非常にしっくりくる納得感の大きいものであったのだろう。※高市総理は公約に掲げた食品消費税2年間免税に向けて「国民会議」を組織して半年で結論を出すとしており、チームみらいはこの国民会議の参加にも意欲を示している。結党間もない彼らには、柔軟に与党との交渉にも参加できるポテンシャルがあると思われる(衆院11議席、参院2議席)。

思い通りにならなかったマスコミはまた「若者から選挙権を取り上げろ」などと暴論を履いているが、彼らZ世代はすでに1800万人近くおり、今や日本の有権者の15%近くを占めるに至っている。その意志を封じ込めようなどというのは恐るべき選民思想であると言わざるを得ない。もし消費税をなくせば、税金(所得税・住民税)を払わずに選挙権だけは保持し、税金を負担している若者から選挙権を取り上げるというのだから、戦前の高額納税者だけが有権者だった時代のほうがまだマシである。随分若者を舐め腐った政策だと言わざるを得ないし、若者が少数派などというのは今や高齢者の偏った見方(2000年くらいで時が止まっている)に過ぎない。

 

なぜ自民党は刺さり続けるのか?政策実現するとはどういうことか

今回自民党は単独で316議席(日本維新の会を合わせると352議席)という圧倒的支持を得て勝利した。

自民党がなぜ刺さるのか?他の既存政党(公明党、共産党、社民連=旧社会党)が凋落していることを考えると、「なぜ自民党は錆びれないのか?」という視点での検証が必要だろうと思う。

マスメディアではその要因を「サナ活」つまり高市人気であると片付けているようだ。しかしそんな単純な見方では済まされないだろうと思われる「構造的な変化」が起きていると見ざるを得ない。

高市人気

まずこれについては間違いなく高市人気というものがあった。いわゆるサナ活である。

高市総理の魅力は様々に語られているが、ここでは「不屈さ」を見てみようと思う。総裁選には三度立候補し、三度目にしてようやく総裁の地位を勝ち取って第104代内閣総理大臣に就任した。

彼女は元々、松下政経塾の塾生で、当時は松下幸之助の経営術つまりビジネスを学ぶつもりで入ったという。神戸大学を卒業後、松下政経塾に入塾。ここで幸之助氏から「1990年に入ると日本は長期不況に突入する」と示唆されて衝撃を受け、国政進出を志したという。

1986年頃、奈良県選出の奥野誠亮元法相の下を訪れ、政治家を志しているので修行させてほしいと申し出るが、奥野氏は政治の現場を経験したほうがいいと諭し、自民党奈良県連会長を紹介した(県議会議員候補として)。しかし高市氏はあくまで国政に挑戦したいと県議選は辞退してしまう。

その後アメリカにわたり米国民主党のスタッフとして働いた後、松下政経塾を卒業し、テレビ番組のキャスターなどを務めたあと、いよいよ参議院議員選挙への挑戦を開始する。奈良県自民党の公認候補に名乗り出たものの次点となったため、1992年の第16回参議院選挙には無所属で立候補し、その時は落選した。

しかし彼女の不屈の政治家人生はここからはじまる。

大物政治家にアドバイスを求めると「辻立ちを2000回すれば勝てる」と言われるが、演説に必要な道路使用料を計算すると数千万円になることから作戦を変更し、個人宅やガレージで行う”ミニ集会”を1日3回、年800回行う。そして翌年1993年の第40回衆議院選挙で、当時32歳で奈良全県区でトップ当選した。初登院の日、彼女は「私の場合無所属ですから、どちらの政党に手伝っていただいたわけでもない」と力強く語っている。

※その後、1994年の公選法改正で誕生した奈良県第1区には新進党(公明党も参加していた)で出馬・当選し、創価学会の応援も受けていたものの当選後半年で新党自由党(柿澤自由党)結党に加わる事となり、以来創価学会とは犬猿の仲となっている。その後、高市氏はさらに自由改革連合へと移っている。その後、新進党結党に参加と移り、自由民主党(自民党)に入党したのは1996年12月である。

高市総裁誕生で真っ先に公明党が30年続いた連立与党を離脱したのはこういう経緯がある。決してマスコミが報じた「裏金」問題が原因などではない。だいたい斎藤鉄夫議員(元公明党代表)も、裏金と言うか政治資金収支報告書記載漏れはあった。公明党自身は「記載漏れと裏金を同じにするのは違いますよ。と言う話し。 : ブログ : みやぞの祐美子」とかばうが、有権者はそう見ていない。だいたい「与党なら裏金で野党なら記載漏れ」などという屁理屈でごまかせると思ってる方がおかしい。

例えば民間企業でも税務調査を受けて追徴課税を受けることはよくある。たいていの企業は判で押したように「税務処理において税務署との考え方が違ったがすでに修正申告は済ませた」などと発表するが、うまく脱税(節税)できたか見つかったかの違いでしかなく、言い訳に関わらず国民は脱税だ(ヘマった)としか考えない。すべての国民(議員含む)が同じルールで税務処理を行うのだから、同じルールで判断すべきだ。もしその人の立場や発言力でルール適用に差異があるのなら、それは法治国家ではない。行動の裏に意図があろうが無かろうが、ルール違反はルール違反でしかない。「私は信号無視(一時停止無視などでも良い)しましたが赤信号に気づかなかっただけです」なんて屁理屈は警察は受け入れてくれない。文句があるなら全有権者にそれを政治イシューとして問うて見れば良い。

彼女の強さは、こうして自力で開いてきた政治キャリアに追うところが大きいと感じる。決して政治エリートではない高市氏は、常に政策の勉強を欠かさない。

※高市氏の当選同期には安倍晋三氏、岸田文雄氏、野田佳彦氏、田中真紀子氏などがいたが、このうち野田氏は松下政経塾の先輩だが、他3名は言うまでもなく政治家の子女である。安倍氏は岸首相の孫であり(大叔父は佐藤首相)父の安倍晋太郎氏も派閥の領袖まで上り詰めるも病死している。岸田氏は広島で祖父から三代続く政治家一家であり、田中氏の父は有名な田中角栄首相である。また前の総理大臣である石破氏もまた鳥取の政治一家に育った政治エリートであった。そうした歴代総理に比べると、高市氏は菅義偉総理と同様に叩き上げの総理大臣だと言っていい。

また従来の自民党総理に見られた慇懃無礼さは高市総理には見られず、記者会見場などでの国旗への一礼を欠かさない。ここまでは当たり前だが、これは他国国旗でも同様で、海外首脳との会談では相手国国旗への一礼も行っている。こうした各所で見せる礼儀正しさ、相手国首脳に見せる親密さは都度SNSなどで話題となり、高市総理個人の人間性を広め、有権者の信頼を醸成するのに一役買っていると見ざるを得ない。※左派の方にはご不満もあろうが、民意の現れである選挙結果を見る限りそう認めざるを得ない。

 

初の女性総理

もちろん、憲政史上初である女性の総理大臣というもの大きく響いたと思われる。これまで女性の大臣は幾人も出ており、かつて女性初総理を取り沙汰された女性は幾人もいたが、結局それは自民党に途中入党した高市早苗氏が手にすることになった。

マスコミでは望みの議員ではなかったためこれをほとんど黙殺したが、実際には選挙期間中を通じて高市総理の応援演説の人気は凄まじく、各地で盛況が伝えられた。

※特に日本のマスコミは、高市議員を「タカ派」であると決めつけ徹底的に攻撃してきた。過去には「村山談話」を発表した村山総理(当時)に直接国会質問でイチャモン(「国民の議論もなく勝手に謝罪されるのは困る」)を付けたこともあり、安倍総理の弟子の一人でもあったことから、当初から(周辺国に異常なまで気配りする性質がある)マスメディアには「極右」などと書かれ恐れられてきた。

※また片山さつき財務大臣(これも史上初の女性の財務大臣)や、小野田紀美経済安全保障担当大臣などの存在も鮮やかな印象を人々に与えたと思われる(単に入閣女性数で見れば多くはないが、消費税などが取り沙汰される中で財務大臣という要職に女性を置いたのは非常に印象が強い)。なお片山氏はかつて財務省(1982年大蔵省入省)で女性初となる主計局主計官にまで上った超優秀な人物で、現在の財務省幹部以下はほぼ彼女の後輩であり、在省時には省内の”恐竜リスト”にも載ったことがある恐れられっぷりである。何しろ財務省への改組時の諸問題検討を行ったメンバーのひとりでもあり、過去の”財務省のいうままに動く財務大臣”とは相当違っている。

高市総理が応援演説に訪れた53小選挙区のうち47選挙区で勝利し、実に88%という高確率となっており、また残り6選挙区の候補者も比例復活を果たしている。※安倍総理の場合は勝率が7~8割程度であったとされ、当時高人気を誇った小泉純一郎総理の場合には9割近かったとされる。高市総理の応援演説はその小泉氏の成果に近いものがあったようだ。

恐らくだが、女性の浮動票のうち相当数が自民党へとなだれ込んだのではないだろうか。それは「初の女性総理に頑張ってほしい」「(後続の女性議員のためにも)なんとしてでも結果を残してほしい」という期待票であったろう。

※もちろんこの浮動票は、彼女が成果を残せなければ無情にもすぐに離れてしまう。高市総理は、言葉通り死ぬ気で働いて成果を残す以外の道はなく、それが初の女性総理としての勤めでもある。一度こじ開けたガラスの天井は、成果を残せなければさらに分厚い天井となりうるのだ。高市総理が背負っているものはとてつもなく大きい。

自民党という選択肢

自民党(自由民主党)は1955年に自由党と日本民主党が合同して結成された政党であり、現在となっては1922年結党の日本共産党や、1945年結党の日本社会党を源流とし1996年に改称している社民党に続く、歴史の古さを持つ政党となっている。

いわば(特に若者にとっては)古臭い政党である。しかし55年体制と呼ばれて長らく政権与党で有り続け、今回の総選挙でも圧倒的な議席数を得た。他の旧政党が勢力を逓減させるなか、これはどういうことなんだろうか?

これは考えるに、政権与党であることが多いために監視の目の対象となりやすく、常に変化を求められてきた副産物なのかも知れない。また党内野党が公然と存在することもその一助となったのかも知れない。それ以前に全国各地に支部を設置する組織力もあり、それがかつて旧民主党政権に119議席にまで減らしたにも関わらず、そこから復活した底力なのだろうと思う。言うまでもなく日本の利権構造にがっちり入っているための資金力も大いに関係がある。金権政治などと叩かれ改善を求められることが多く、いわば自党の改革こそが歴代政権運営の命題で有り続けたとも言える。

他の政党の場合、一時的に政権与党となったとしてもその後の経緯で解党となったり、あるいは他党と合従連衡を繰り返すことで、結局政権を握っていたものの責任の所在が曖昧になることから追求が続くことは稀になってしまうのだが、自民党の場合は掲げている看板が同じなことから責任追求を常に受け続けることになる。例えば派閥政治もそうだし、企業からの政治献金もそうだろう。

※しかし一度党内総務会で決定すれば、党議拘束で一致団結するというのもまた自民党の強さを維持するのに役立っている。いっぽうの立憲民主党では機関決定した内容ですら所属議員がすぐに公然と批判するという口の軽さがある。マスメディアは派閥政治を口汚く罵るが、結束の強さは政策実現の強さでもあり、それは自民党の新陳代謝を促す作用ともなっているのではないか。※もちろん悪い面のほうが多い。

※例えば比較的新しい政党である日本維新の会などは結党時から企業献金を禁止している。これはそれまでの政党政治の歴史において企業から献金を受けることが汚職や腐敗政治につながることが繰り返されてきたことへの反省とも取れる。一部の左派では、潔癖症のように企業献金を廃止しろという意見もあるが、それは政党の成り立ち上容易には認められないのが自民党であり、立憲民主党も同じような構造を持つためこちらは抜け穴(政治団体を除く)を用意したうえで企業団体献金の廃止を表面上訴えている。例えば国民民主党でもこの抜け穴も塞ぐべきだと主張しており、資金構造が全く異なる共産党に至っては企業献金自体禁止の主張であり(この点では維新と同じ)、逆に公明党は企業団体献金や資金パーティ券購入すら禁止しない。マスメディアは「企業献金」とだけ切り取るが、各政党の成立過程は様々で立ち位置はこんなにも異なる。

政権与党であることが長かった自民党は、なんやかんや言われながら、しぶしぶながらも常に改善を続けてきており、ついにはほとんどの政治不正の温床であった派閥すら廃止へと追い込まれた(志公会麻生派は今も継続)。

その結果誕生したのが、無派閥だった高市総裁体制であるとも言える。

現に高市総理は無類の(政策)勉強好きで知られ、議員仲間との飲み会にもほとんど参加せず議員会館に籠もることが大半であったと言われている。つまり、従来の密室の料亭会合に象徴される自民党腐敗政治との無縁さが際立っている。それらのイメージが、今回の衆院選での大勝利に結びついたことは容易に想像できる。

※細かいことを言えば、総裁となった彼女は組閣するにあたり総裁選で戦ったいわばライバル議員を党役員や重要閣僚へと任命した(小泉進次郎氏を防衛大臣、林芳正氏を総務大臣、茂木敏充氏を外務大臣、小林鷹之氏を党政調会長へとつけている)。小泉進次郎氏などは総裁選までのいわゆる「進次郎構文」とはまるで違う高評価をされており、後の総裁選レースを考えれば確実に失敗である(下手すると次の総裁選でのトップ当選もありうるくらい評価が鰻登り)。しかしむしろ大胆に任せたことで”高市総理の下だからこそ小泉議員の能力が開花した”とも見られている。その他の議員も(総裁選前よりも)それぞれ能力をいかんなく発揮し、それが有権者にまで伝わっている。これらはライバルを蹴落とす視点では異例とされ、通常は特に大臣でも閑職につけたり、あるいは党役員に採用することも稀であるとされる。もちろん視点を変えれば、無派閥の高市氏が政権運営する以上、彼らを抜擢して挙党態勢を演出するしかなく他の手段は無かったとも言えるが。

与党であることの強み

同時に政権与党で有り続ける自民党には、自動的に「政策を実現してきた」強みがある。これは批判するだけの野党が揃っている場合には非常に有効であったと見ざるを得ない。野党では政策実現することは非常に難しく、ややもすれば政権批判で存在価値をアピールすることでお茶をにごす野党も多い。

例えば立憲民主党や共産党などは大半の期間、与党自民党の批判に時間を費やしてきた。もちろん与党政治の監視は野党の重要な役目ではあるが、しかしいざ選挙となればそれだけでは票を集めることは難しくなるのもまた当然である(政治のワイドショー化が進んだこともあり有権者の政党を見る目も育ちつつある)。かつて共産党が「万年野党」などと呼ばれ批判しかせず理想論的な政策ばかり並べるのが売りであったが、立憲民主党もまたそれに陥りつつあったし、むしろ共産党と共同歩調を取ることも多かった。政権交代を訴える野党としてはこの姿勢では評価が上るわけがない。

しかも問題は石破政権下での壊滅的な自民党敗北を受けて30年ぶりに実現したハング・パーラメント(別記事「連立を組む気はない」を参照)下においても批判だけに終始し、結局は国民民主党の協力体制を実現させてしまったことは非常に大きな失策であったと見られる。

※そもそも立憲民主党は”アンチ自民党というスタンス”(反対のための反対)がメインであったため、いざ協力体制を築こうにもあまりにも政策が不一致すぎて手を組むところがないという問題点もあった。経済・外交・社会保障という基本政策すら一致点を見いだせず、旧民主党政権時代の反省もろくにしてこなかったため、とてもまともとは言えない政策セットしか持っていなかった。本来政権交代を謳う野党としては、基本政策で一致しつつも各所で対立構造を演出するという難しさがあるはずだが、彼らはその努力をせず、安易にマスコミの与党批判に相乗りする形での単純な政権批判を繰り返した。それが最大野党でありつつ与党と協調することで政策を実現するという本来の政党の存在価値を放棄する事になってしまった。2024年末の三党合意が進む中、指をくわえて見ているしか無かった。

いっぽうの国民民主党も一時はモリカケを彼ら野党集団と一緒にやっていた時期もあったのだが、ある時期を境に「対立より解決」を打ち出すことで与党と協力しながら”自ら打ち出した政策を実現する”という難事業(103万円の壁撤廃)を条件付きながらも達成することが出来た。皮肉なことにこの国民民主党の成功は、有権者の野党に対する意識の変化も促したのではないかと思われる。

つまり「野党は単純な与党批判を繰り返すだけではなく、具体的かつ実現可能な政策を与党と交渉しながら実現すべき」ということである。反対のための反対を行うだけの政党と比較すれば、有権者の目に映る光景は全く違うことになってしまった。長期の経済不況に陥る中、有権者は政治ごっこをしてほしいわけではなく、具体的な改善策を進めてほしいのだ。※これも左派としては「それこそ自民党のせいではないか」と声高に叫ぶだろうが、今はその批判ではなくそれを具体的に前に進める議論を有権者は求めている。なにしろ旧民主党は政権与党であった時期もあるのだから、その流れをくむ立憲民主党は、批判ではなく具体的な解決策を提示する責任と義務がある。と有権者は見ている。

高市総裁は当初国民民主党との連立与党を模索しながらも、途中で日本維新の会(関西万博終了間際だった吉村共同代表)に声をかけることとなり、急転直下自民・維新の連立与党が成立することとなった。※この時点では日本維新の会は内閣入りすることはなかったが、遠藤敬議員を総理補佐官(連立合意政策推進担当)として調整役として送り込むこととなった。維新は総裁選レースではむしろ小泉候補と近かったとされ、実際維新は高市総裁から声がかかったことは意外だったと述べているが、しかし決断は早く、あっという間に与党入り協議がスタートした。このタイミングでの動きは国民民主党が一歩劣ったと見ざるを得ない。もう少し踏み込んでいればとも思うが、そもそも(2026改選前の)議席数は国民民主27に対して維新は34と開きがあり、過半数がほしい高市総理にとってはたとえ7議席差でも大きかったのだろう。

※しかし冷静に考えれば、日本維新の会はもとは大阪自民党から分派して出来たような組織であるため、政策の一致点は非常に多い。だから左派にも「第二自民党」などと揶揄されることも多かったが、その基本政策の一致点の多さは当然協議でも有利に働き、国民民主党やましてや立憲民主党とでは協議はここまで進展しなかっただろうことは容易に想像できる。いっぽうの国民民主党は労組・連合をバックにしており、政治的に譲れない項目も維新に比べると多い。

総裁選直後の公明党の与党離脱という、高市総裁にとっての最大の危機は(”総裁になれないかわいそうな女”と自虐していた)、結果的に政策が近い維新の与党入りを招き、さらには総選挙での左派野党の大分裂を呼び起こしたことは元はと言えば30年前の高市総理の奈良選挙区での創価学会とのこじれによるものだが、まるで最初から描いていたかのようにすべてが上手く組み合わさり、起きるべくして起こったかのような自民党の歴史的大勝利を呼び寄せることとなった。いわばピタゴラスイッチ的な構造的な変化が2025年末~2026年2月の政界に起きたのだ。

このときの自民・維新の連立政策協議書作成の経過などは逐一明らかにされ、有権者はまざまざと政策合意が前に進む状況を体感した。この政治的ショーは前年末の国民民主党(との三党合意)の再演ではあったが、元々日本維新の会は源流が大阪自民党であったことから、政策的にも大きなズレがなかったことも政策協議成立・連立与党成立に有利で、より具体的で広範囲な内容になることに拍車をかけたとも言える。自民党としては、冷静に見れば公明党よりも日本維新の会の方が政策マッチ度は遥かに高い。

こうして成立した政策合意はインターネットを通じて公表され、有権者が誰でも目にすることができた。2024年末の国民民主党の際の三党合意書(PDF)は103万円の壁やガソリン税の廃止などを含んだ6項目であったが、2025年末の日本維新の会との政策協議書(PDF)は、12項目にまとめられてはいるがほぼ全カテゴリーを網羅したまさに与党入りを前提とした内容であった。

協議には日々行動する高市総裁の姿が写され、ほぼ毎日記者会見で状況が報告された。まさに民主主義の政治のダイナミズムが日々映し出されていた。これらの変化に、旧来の老獪な自民党政治とは異なる面を見出した有権者は相当多かったのだろうと思われる。

※しかし日本維新の会の比例得票数は伸びておらず、2024年衆院選に対して逆に15万弱の減少、2021年衆院選に対しては310万の減少となっており、これは選挙直前に明らかとなった「国保逃れ」 のダメージの大きさを物語っている。「身を切る改革」で売ってきた維新としては組織崩壊してもおかしくないくらいのダメージだったと言わざるを得ない。ちなみに、2021年に対して比例得票数を伸ばしたのは自民党(+110万)に加えて国民民主党(+300万弱)であり、その他の政党はなべて減少している。2024年に対して伸びたのは自民(+640万)と保守党(+31万)、参政党(+250万強)だけである。

イデオロギー的に見れば、自民党がややリベラル寄りな政策をしていたのが岸田・石破政権であって、その時期に新党が伸びたが(つまり浮動保守層の自民党避けの受け皿となっていた)、今回の高市総理によって再び自民党で保守寄り政策が多くなると見られている。これにより伸びてきた新党(とりわけ保守党・参政党)にどのような影響が出るのかを今後注目する必要がある。

 

なぜ中道改革連合が負けたのか?

選挙後の世論調査

選挙後に共同通信が世論調査を行っており、「中道改革連合が衆院選で敗れた最も大きな原因」を尋ねたところ「最近まで争っていた二つの党が合流したから」との回答が35.6%で最多だったという。

まあそりゃそうだろうという感想が湧く。つい最近の選挙まで仏敵とまで罵っていた相手と選挙直前に手を組むんだから、率直に「野合」と見られたのだ。

野合とは「政策が一致しない政党が手を組むこと」をいい、以前公明党自ら、2019年の選挙において立憲民主、国民民主、共産など5野党・会派が手を組んだ様を「野合」と罵っている。参考:野合ぶり印象付けた“政策”署名 | ニュース | 公明党。しかし今回のは自ら野合ではない(野合の批判ってあてはまる?)と言い張っている。肝心なのは自己評価ではなく、世間の評価は上の通りで最多の批判が野合にあった。

おまけに驚いたのは、組むに当たって立憲民主党が「原発再稼働を容認」と認めてしまったことだ。個人的には(原発の代わりとなるベース電源が見当たらないばかりかロシアが戦争まで始めて燃料の安定供給が揺らいでしまった現時点では)原発再稼働はやむなしと考えているが、再稼働どころか即時廃炉を訴える人も世の中には多い。もちろん3.11時点ではそれが正解に見えたことは確かだし、2011年の福島原発の廃棄処理すら一向に進まないのにどうやって廃炉するんだと聞きたいが、世の中には様々な考え方があり、そういう考えの人が少なからず原発再稼働否認の盟主として立憲民主党を応援していたのだ。しかしそれを党内で機関決定したのかすら疑問だが一夜にして捨て去ってみせた。これには党員・サポーターもびっくりだったろう。実際、参議院で統一会派を組んでいた社民党の福島瑞穂党首も、即日会派離脱を表明している。

「中道」の政策「いけないと思う人はぜひ社民党に来て」 福島瑞穂氏「立憲民主は180度変わった」と批判:東京新聞デジタル「安全保障関連法、憲法、原発に関する記述を挙げて、「看過できない。非常に危機感を持っている」と語った。なお社民党はかつて旧民主党政権時代に連立政権入りをしていたが、当時の鳩山総理が普天間基地の県外移設を断念し辺野古移転の日米共同声明を発表するに当たって、閣議決定に反対したことで大臣を罷免されたため連立を離脱している。これも考え方は様々だが、社民党としては筋は通していると言っていいだろう。

社民党ばかりではない。よく知られたことだが、創価学会と共産党とは歴史的に犬猿の仲であり、到底一緒には組めない。そして立憲民主党が公明党を選んだということは、自動的に共産党は切られたことになる。

こうして左の統一会派的な動きをしてきた立憲民主党・共産党・社民党(加えてれいわ新選組)は、公明党が割って入ったことにより雲散霧消してしまった。もちろん保守勢力としては笑いが止まらない状態だが、マスメディアはこの危機的状況を知っていながらもこれを隠し、むしろ立憲民主党と公明党との野合により巨大政党が誕生する可能性が高く、下手すれば政権交代までありうるとまで持ち上げてみせた。

※これは高市総裁誕生で国民民主党の与党入りが取り沙汰されたときに、榛葉幹事長が喝破してみせた通りである。「かつて我々は民主党政権時代、辺野古移転問題で社民党が抜け、消費税問題で小澤(一郎)先生も離れていった。経済・外交・社会保障という基本政策において違いがあるのに無理やり連立した場合には必ず無理が出る。」これをまさに再現してみせたのが今回の立憲・公明の新党結成であったと言える。こうした諸事情を知ってか知らないのかはわからないが、マスメディアも新党を煽り立てたので今回の一連の騒動で左派政党が壊滅状態に陥った責任の多くはメディアにあると言っていい。

結果は言うまでもない。なぜか比例名簿上位を明け渡した旧立憲民主党議員はほとんどが落選し(144→21)、いっぽう比例名簿上位を占めた旧公明党議員はむしろ議席数を伸ばした(24→28)。

しかも面倒くさいことに参議院の会派では、立憲民主党と公明党はバラバラのままである(政党助成金を受け取りたいらしい。会派別所属議員数:参議院)。衆議院での惨状を見て、参院での統一会派結成に慎重な意見が出るのは当然と言える。

 

 

 

 

 

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