菅総理の最大の功績

政治漫談
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2021年9月29日自民党の新総裁が決まり、いよいよ菅義偉第99代内閣総理大臣の任期終了が見えてきた。

この1年を振り返ってコロナ禍の中で奮闘してきた菅政権の功績として色々まとめられているが、菅義偉総理自身の最大の功績は、皮肉にも「総裁選不出馬」による事実上の退陣表明であったと言わざるを得ない。

菅政権の功績

菅政権の功績についてはすでに多く書かれているためここでは書かないが、功績の一つにコロナワクチン接種体制の構築があった。

何しろ説明ベタであるため、特にコロナ対策においてはメディアや野党からは叩かれっぱなしであったが、実際には河野大臣を任命しての(厚生労働省ではなく官邸仕切りでの)ワクチン供給体制(市町村へのロジスティクス)を構築したことは最大の成果であったと思われる。

新型コロナ「第5波」が理由不明なまま収束しつつある現在、やはりワクチン接種効果による重症化の抑え込み(もっといえば無症状感染者比率の増加)によりカウント対象である公的機関の把握できる「感染者数」が低下しているのだと理解するのが一番合理的な結果になっている。※結果的には人流削減は無意味であった。

※後のために補足しておくと、2021年9月ごろをピークとした第5波は、その後10月ごろまでに急速に収束へと向かった。しかしこの収束理由については決定的な要因を政府機関や医療従事者でも挙げていない。

結果論ではあるが、ワクチン接種体制を迅速に構築し、1日100万本接種体制を維持できたことがコロナ対策における最大の成功要因と見るほかない。重症化時の死亡リスクが高い65歳以上の高齢者を優先接種させたことも死亡者数を抑え込んだ成功要因だと言える。

しかしこうした功績は、ほぼ年間を通じて「緊急事態宣言」あるいはマンボーこと「まん延防止等重点措置」が実施される中、国民の多くが日常生活でガマンを強いられ、それは政権叩きをするメディアにとっては格好の餌食となってしまった。

本来は都道府県など自治体が主体として実施する保健行政と国政とは切り分けて考えなければならないし、基礎自治体によってもその実施内容は大きな差異が発生する。しかしキー局主体の報道体制となってしまった現在では、その差異は報道しづらいために政府批判として責任の所在とは無関係に集約され、すべてが政府の責任だという印象を与えることを許してしまった。

政府広報をもう少し強く押し出すなどもっとうまく説明すればよいのに、結果的には厚労省と官邸(もっといえば個々大臣)と専門家会議メンバー(主に新型コロナ対策分科会会長の尾身茂氏)で出すメッセージがバラバラであったりするなど、国民にとっては非常に分かりづらいものとなってしまった。

このコロナ対策では基礎自治体などで個々成功しているところもあり、本来は自治体単位で語られるべきなのだろうと思うが、キー局による全国ネット報道が主体の現在ではそうした自治体が取り上げられる機会も少なくなっていた。これはこれで構造的な大問題だろうと思うが、ここでは置いておく。

党としての最善手「退陣表明」

「黙々と仕事をする」という天性の説明ベタとも相まって、ワイドショーを通じて知るしか出来ない多くの国民にとっては、菅政権は安倍政権の(名実ともに新鮮味のない)継承者であり、説明不足だというレッテル貼りをそのまま受け入れる人も多く、衆議院議員の任期終了まで打つ手もなく進む中、野党としては一番与し易い相手として菅総理は映っていた。直前に行われた総理のお膝元である横浜市長選挙の惨敗も大きかった。

ここまでの流れは完全に野党有利であり、そのまま総選挙に突入すれば自民党は数十議席以上を失うという予想が多くなったのは当然だった。中には野党政権誕生を喧伝する動きまであった。かといって派手な総裁選を打ち出すことはコロナ無視な政局中心主義と見られるため、防衛者である総理自身がそれを主体的に演出するということも難しかった。

しかしその流れが一変したのが「総裁選不出馬」による事実上の退陣表明であった。

発端は8月30日に岸田氏により出された自民党役員の任期制提案であった。岸田氏は総裁選出馬会見として、「役員の任期は1期1年・連続3期まで」、「党役員に中堅若手・女性を登用」、「比例73歳定年制は堅持」などの方針を打ち出した。

問題は役員任期で、これは当然「二階降ろし」として受け取られ、それは国民的不人気であり”老害”の代表的存在と見られている二階氏を不快に感じている(与党支持層を含む)国民にも心強く映った。

当の二階氏は当然激怒し、同日中に「そんなこと聞いたことがない。今ここにきて、急に…(左右の人に)誰だっけ?」ととぼけて、「岸田さんです」とわざわざ言わせた後、「岸田が言ったから、どうかしないといけないということはない」と不機嫌そうに記者対応を行った。優柔不断と見られがちな岸田氏が(自派閥・林芳正氏の衆院鞍替えと総裁選出馬が迫るという内々の事情も相まって)ついに動いたと見る向きも多かったようだ。

しかしその後に(防衛者であるはずの)菅総理の打った手が(総裁選出馬を当然決めていた菅総理個人にとっては)まずかった。

その後の動きは果たして誰かが仕組んだものだったのかどうかは不明だが、(岸田氏の提案を奪う形として)菅総理自身が二階幹事長を呼び出して幹事長職の交代を打診し、二階氏も「総理の思うままにおやりになればいい」と売られたケンカを買う的な構図が報道された。

菅総理自身は、自らの政権の不人気を”党役員人事の刷新”により総選挙での戦いを有利に進めようと考えたのだろうが、結果的にこれは誰も役員に就任したがらないという苦境(役員人事の不発)に総理自身を追い込み、結果的には9月3日の自民党臨時役員会で自らの総裁選不出馬を表明するという国民の多くが予測していなかった結末が待っていた。岸田氏の改革提案からわずか4日の出来事だった。二階氏を狙い撃ちにしたはずの施策が現総理の不出馬という大どんでん返しに繋がると、数日前に誰が予想し得ただろう。※この時点で党役員人事は白紙に戻り二階氏は続投となった。

もっとも一番ショックだったのが野党で、菅総理相手での総選挙で与し易いどころか、下手すれば野党大躍進のシナリオまで描いていたところに、菅氏突然不出馬の一報が届き、さらには岸田氏に加えて、河野氏(正式出馬は高市氏より後)、高市氏、野田氏という4名が出馬することで、思想信条や政策もバラバラでかつ女性が2人という多彩なメンツが揃った上に、その後9月末までの約1ヶ月間毎日、自民党総裁選候補者による政策論争がメディアをジャックするような形となってしまったのだ。

さらに野党やメディア自身が「派閥の論理で動く」「政策が見えない」と批判してきたことから、メディアも相対的に各候補の政策を事細かに取り上げざるを得なくなり、それは自民党内には右から左まで多種多様な意見があることを印象づけることにもなってしまった。

与野党の得たものと失ったもの

野党

苛ついた野党はBPO案件になりかねない(要するに総裁選報道では野党も対等に取り上げろ)と公然と脅しをかけ、なおかつ枝野氏自ら緊急事態宣言下に都道府県をまたいで全国行脚を強行して慌ただしく総選挙モードに突入せざるを得ず、それは「コロナより政局」「(解散・総選挙目的ではなく議論のために)国会を開け」という従来の批判・主張とも矛盾することになってしまっていた。

報道のトップニュースは自民党総裁選に奪われ、野党が有効な手を打てない間もワクチン接種は着々と進行し、9月1日発表で1回接種57.2% 2回接種46.2%だったのが、9月30日発表では同70.0% 59.3%へとそれぞれ13%近くも(野党とマスコミ的には)伸びてしまった。枝野氏がワクチン接種が進まない間の総選挙が望ましいと述べたまさに正反対の状況へと変わってしまった。恐らく1ヶ月半後の総選挙時にはそれぞれ85%、75%前後に進んでいることと思われる。これは(結果的に)65歳以上高齢者の感染者が激減した第5波突入時の(高齢者接種状況)数値に近い。

※後のために補足しておくと、第4波までは主に高齢者を中心としたクラスター感染が目立ち、政府は高齢者から段階的に年齢層を下げる形でワクチンの優先接種を行った。数々の批判はあったが、結果的にこの政策は当たった。第5波では、ワクチン接種が進んでいた高齢感染者数が目に見えて激減した。さらに上記したように総選挙前(第六波突入前)までに全国民ベースで上記高齢者の接種割合にまで到達させることが出来た。非常に幸運ではあったが、結果論で言えば正しい道を選んでいたことは否定できない。

また菅総理相手と舐めてかかっていたためか、急遽打ち出した衆院選向けの政策もあまり熟考されたものとは言い難く、さらに外交・国防・財政などについてはおざなりにしてしまうなど真面目に政権を取る気がないと言われてもしかたのないものであった。さらに慌てて行った野党共闘協議も、これまで何度も繰り返してきたため相変わらず小さいことで揉めているという印象しか与えず、外交や国防では共同戦線を張れないという野党の弱みが目立つことになった。

このあたりは”批判のための批判”しかしてこなかった自らのツケを払わせられているといっていい。批判だけで政権が取れるならば何十年もそれを続けてきた”何でも反対党”の先駆者たる共産党が既に政権を取っているはずだ。

総裁選で各候補が様々な場でそれらの幅広い議論をしている姿が報道されることで、相対的に二大政党候補としての野党のイメージはかなり貧相でこじんまりとしたものとして映る結果となってしまった。TVに出てくる立憲民主党幹部の面々が旧民主党時代からほとんど変わっていない(※)こともイメージとしてはまずかった。自民党批判のほとんどが野党へと跳ね返ってしまうブーメラン効果にしか繋がらなくなってしまったのだ。

※枝野幸男:元官房長官/元経済産業大臣、蓮舫:元行政刷新担当大臣、福山哲郎:元内閣官房副長官/外交防衛委員長、安住淳:元財務大臣、長妻昭:元厚生労働大臣、原口一博:元総務大臣ら
同時に、本来水と油ほども違う共産党との選挙共闘についても批判が起きた。さらにその言い訳として「閣外協力のカタチとその是非」という言葉を巡っての解釈論までが起き、すべては野党不利に働くことになった。

自民党

翻って自民党は、総裁をすげ替えることで権力の若返りを想起させ、さらに様々な政策を持った候補者が多数いることも印象づける事になった。新たな4候補は自らの言葉で自らの信条を語り、それは官僚の用意したであろう原稿を所々詰まりながらたどたどしく朗読していた菅総理との明らかな転換を印象づけることに成功した。

結果論で言えば、自派閥(麻生派)の応援を取り付けるのに苦労した河野氏は多数の人の意見を集約せざるを得ず、自身の主張を引っ込めて当たり障りのない(あるいは過去の主張と矛盾する)主張になってしまい、「突破力」をウリにする挑戦者でありながらまるで防衛者のようなスタンスに追い込まれ終盤戦で幅広い支持を集めることに苦戦した。総裁選では岸田氏に1票差で2位に甘んじ、さらには国会議員票では高市氏にすら負けるという、惨敗と言っていい結果を招いてしまった。

かつては安倍氏からの禅譲を公然と書かれながらそのチャンスを逃してきた岸田氏は、追い込まれたことが奏効したのか積極的な攻めの姿勢が支持を幅広く集める結果となった。最終的には、2位3位(結果的には1位3位)連合として決選投票での協力を約束した高市陣営との協力体制と、最終盤で岸田支持を決めた二階派の支持を得たことが決め手となり、第100代総理大臣の座を手中にすることに成功した。

  • 第一回投票( 有効票762票)
    1. 岸田氏:国会議員票146票、党員票110票、合計256票
    2. 河野氏:国会議員票86票、党員票169票、合計255票
    3. 高市氏:国会議員票114票、党員票74票、合計188票
    4. 野田氏:国会議員票34票、党員票29票、合計63票
  • 決選投票(428票) ※過半数獲得できなかった場合は上位2名による決選投票
    1. 岸田氏:国会議員票249票、都道府県票8票、合計257票
    2. 河野氏:国会議員票131票、都道府県票39票、合計170票
※決選投票においては、地方党員票は都道府県ごとに集約されて決選投票進出者の得票(例えば1位岸田、2位河野な県の場合、当該県は岸田1票換算)とされ、都道府県票計47票となって決戦進出者2名に加算される。1位に高市・野田両氏を指名していた場合は次点指名者に代わり、結果として河野氏は圧倒的多数の39都道府県票を集めた。
※一報国会議員票は(入れ替わりは不明なので得票数だけ単純化すると)岸田146+高市114-決戦得票249=11。この11票は決戦投票で河野氏に流れ、河野86+野田34+流れ11=131票となった。

総選挙

この後、順調に行けば11月中旬~下旬と見られている総選挙においては、恐らく自民党が議席を維持する結果が予想される。よほどのミスを犯さない限り、少なくとも80~100議席近く失うという、つい一月ほど前には公然と囁かれた惨敗にはならないのではないだろうか。

本日の報道によれば、幹事長ポストには最初から協力を打ち出した甘利氏(麻生派)を登用すると報じられている。ついに(与党支持者の間でも不評であった)二階幹事長体制が終わることになる。あとは前政権の大臣(特に安倍氏盟友の麻生財務相)をすげ替えることができるかどうかに注目が集まる。

ここまで見てきたように、これらは菅総理の”総裁選不出馬による事実上の退陣表明”が招いた結果であり、皮肉にもこのことは、菅総理自身の(自民党にとっての)最大の功績として後世語られるようになるのだろうと思われる。いち政治家としては最大の悪手ではあったが、自らの権力を放棄することによって、自民党としては権力の再生に成功したのである。

ただし自公政権は決して安泰というには程遠く、来年2022年に予定されている参議院選挙での苦戦も十分予想される。それは来る衆議院選挙の結果と来年前半までの岸田新総理の手腕次第ということになる。

周辺状況としては総体として菅政権と大きくは変わらず、ワクチン接種済者が8割以上になるとは言え(2回接種者の)ブレイクスルー感染が増加しているなどすぐに元通りの世界になるとは思えない。こうした諸条件が固められている中で内政・外交・財政などで華々しい成果を残すのは並大抵のことではないだろうと思われる。※特に岸田氏は改憲実施を掲げているため、過半数どころではなく改憲勢力での3分の2維持が必須条件となる。

 

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