アニメ映画「魔女の宅急便」は、ジブリ作品の中でも人気の高い作品の一つです。
この魔女宅について不思議な疑問を持っている人がいるようで驚きました。
人の役に立つことを自分の存在理由としていたキキは、老婦人の依頼により孫娘にニシンのパイの届け物をした際に、意外な反応が返ってきたことにショックを受け、またずぶ濡れになってしまいパーティにも間に合わなくなったキキは落ち込んでしまいます。
酷い熱を出して寝込んだキキは、ジジの言葉もわからなくなってしまいます。こうしてホウキで飛べなくなった少女キキは、その後周りの人たちの励ましにより再び飛行能力を取り戻します。
絵描きの少女ウルスラとの忘れられない一夜を過ごしたあと店に帰ると、女主人オソノさんから「この前のお婆さんがまた来てくれって。どうする?断ろうか」と、老婦人から電話があったことを伝えられます。
そして老婦人の元へ訪れたキキに、サプライズが用意されていました。
老婦人「キキ、この箱をちょっと開けて」
キキ「はい」
(中から”KIKI”と書かれたバースデーケーキが現れる)
キキ「奥さま、これ…」
老婦人「それをキキという人に届けてほしいの。この前とってもお世話になったから、そのお礼なのよ」
(驚くキキに老婦人は続ける)
老婦人「その子のお誕生日を聞いてくれる?またケーキを焼けるでしょう」
言葉を失うキキに、優しく「キキ?」と問いかける老婦人。
(けなげに涙を拭ったキキが元気よく答える)
キキ「きっとその子も、おばさまの誕生日を知りたがるわ! プレゼントを考える楽しみができるから」
老婦人「ほんとね。フフフ」
その後、テレビで知った親友トンボの危機に対して、飛行船事故の現場へと駆けつけて見事その危機からトンボを救い出し、物語は大団円を迎えます。依頼を受けて人の役に立つのではなく、自らの意思で自らの持つ飛ぶ力によりトンボの危機を救ったことにより、キキは本来の自分自身を取り戻します。
この老婦人がバースデーケーキを贈るシーンは、13歳の心揺れ動く多感な少女にそっと寄り添う心溢れる優しさが描かれた、アニメ映画屈指の名場面ではないかと思います。
老婦人の洒落た心遣いも素晴らしいし、それに対して元気な自分を演じてみせるキキの健気な頑張りも胸に響きます。
そしてなにより、久石譲作曲の「かあさんのホウキ(Mom’s Broom)」が、このシーンをより一層感動的な場面へと盛り上げています。
ところで冒頭「驚いた」と書いたのは、このシーンを「お婆さんはボケてしまっておりキキに気づいていない(だから”キキという人に~”と間接的表現を使っている)」と受け取っている人がいたためです。
確かにそれまでの流れを理解していなければ、お婆さんがボケてしまい「宅急便の人」と「キキ」を認識できていないとも取れなくはありません。
しかし、であれば、なぜウルスラはわざわざ夏の間過ごす森のなかの一軒家にキキを誘ったのか?またケーキを見たキキがなぜ涙ぐんだのか?も到底理解できないでしょうし、その後キキがなにをきっかけに飛行能力を取り戻したのかも理解できないのではないでしょうか。
※ただし老婦人は「キキ」と呼びかけているため、ちゃんと目の前の人物がキキであると認識していることがわかります。
「キキという人にバースデーケーキを届けて欲しい」という老婦人の言葉は、キキを呼び出すための口実に過ぎず、そうすることで宅急便を仕事にしているキキが負担を感じることなくこの贈り物を受け取れるようにという思いからの、老婦人の実に細やかな心遣いなのです。
※もちろんトンボ(コポリ)の元へと贈り物を渡す体で再会させたオソノさんのさりげない心遣いなどもあります。
この思春期の少女の揺れる心情を描いた素晴らしい映画は、これからも少女たちの心を打ち、愛され続けることでしょう。
※なおこの老婦人を演じた加藤治子さんは2015年11月にこの世を去っています。またその老婦人の相手役バーサを演じた関弘子さんもまた2008年5月に世を去っています。