世論調査と選挙結果

政治漫談
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各メディアが行う「世論調査」と「選挙結果」の乖離が大きくなっています。

これをどう考えるべきでしょうか?

 

世論調査との乖離

衆議院選挙の結果を受けての朝日新聞の23日付社説で、

 本紙の直近の世論調査によると、「安倍さんに今後も首相を続けてほしい」は34%、「そうは思わない」は51%。

国会で自民党だけが強い勢力を持つ状況が「よくない」が73%、「よい」は15%。

「今後も自民党中心の政権が続くのがよい」は37%、「自民党以外の政党による政権に代わるのがよい」は36%。

http://www.asahi.com/articles/DA3S13193375.html

 

と伝えています。

しかしこれは実際の選挙結果と乖離していることは明らかです。

当の朝日新聞では、この乖離を「選挙結果と違う世論」としています。つまり、朝日新聞の世論調査こそが正しく民意を捉えており、選挙結果は民意を反映していないとするのです。

これは民主主義の否定にもつながりかねず、メディアのあるべき姿とはいえません。

もし仮に選挙結果が乖離しているというのであれば、ジャーナリズムのあるべき姿としてはその主張を事実を積み重ねて実証すべきであって、それを何の実証もなく「選挙結果は民意を反映していない」とするのはいかがなものかと感じます。

日本では平静な状態で選挙が実施されており、各地で選挙妨害があったり、暴動が起きたり、選挙結果が大きく覆るほどの不正があったりといったことは確認されていません。極めて民主的な選挙が行われているといえます。※もしそうではないというのであれば、それを取材し伝えるのがメディアの仕事です。例えば地域別、選挙区ごとの無効票の偏りなどについてもきちんと検証すべきでしょう。

 

メディアの捉えている民意

この乖離現象は、以前から指摘されているとおり、メディアの世論調査がその読者層の嗜好が色濃く反映されるため正しく民意を反映していないということだろうと思われます。

この傾向はここ最近特に強く出る傾向にあるように感じます。

この開映傾向を、「正しくない」と安易に繰り返すのではなく、自らの世論調査の正しさについての検証作業をこそ行うべきではないのでしょうか。

この自己検証の弱さが現在のメディアの限界を示しており、それは健全な民主主義にとって非常に危険な傾向であると感じます。

何より、現在のメディアは東京一極集中が顕著であり、取材力が低下しているために、安易に電話等による世論調査にのみ頼らざるをえず、結果的に人々の声を正しく捉えられていないのではないでしょうか。

さらに、取材の積み重ねにより推論を行うのではなく、メディア内部の主義主張を優先してしまいそれを補強するために世論調査を使っているために乖離が大きくなっている可能性も高いでしょう。

 

メディアのあるべき姿

たとえば野党や多くのメディアが掲げた「安倍一強政治を打破する」というスローガンについて考えてみます。

選挙前の各社の世論調査では、あたかもそれが可能性のある要素のように見えてしまいますが、選挙民から見れば到底そんな状況ではなく、まず野党自体が大きく混乱しており、なおかつ対立軸となるようなしっかりとした政策も述べられていないように感じました。

ましてやその政策の実行根拠となる財源確保の方策については、全くといっていいほど言及されていなかったように感じます。

メディアはまずここをしっかりと指摘すべきであって、それがないからこそ、例えば「無電柱化」などという言葉遊びの政策がまかり通ってしまっているのではないかと感じます。

また国防・安全保障の問題についても、数十年前とは異なり近隣諸国の著しい軍備強化と海洋進出が厳然としてあるのは誰の目にも明らかです。さらに国際的にテロ対策が急務となっており、国際的に注目が集まる2020年の東京オリンピック・パラリンピックや、限界が見えてきた内需に変わり日本経済を支えるべきインバウンド消費を考えれば、これらにどう対処していくのかについても関心は高くなっているといえます。

国民は外面の良い突飛な政策を求めているのではなく、身近な問題を地道に解決して欲しいと望んでいるのです。

 

本来であればこうした内政・外政の主要な項目を挙げた上で、それぞれどういう論点があり、それに対する対処方針と、それを実行するための財源確保などについて各政党ごとの取りまとめを行い、それを国民(読者・視聴者)に示すということを、「常に」行うことが必要だと思われます。

時間軸に沿って映像を垂れ流す形式のテレビにおいては、こうした内容を実行することは困難でしょう。しかし紙媒体で情報を伝える新聞については、いまや報道の速報性よりも情報の網羅性や可視化をこそ求められており、実行するのも容易ではないかと思います。

こうした取りまとめを常に行うことで国民の政策理解を助け、議論を活発にすることこそが(特に紙媒体)メディアの役割だと思うのですが、これを定常的に行ってくれるメディアを寡聞にして知りません。それどころか、「○○法案について国民の理解は深まっていない」などと煽ることは、自らの責務を放棄しているとしか言いようがありません。その理解を助けることこそがメディアの役割なのではないのでしょうか。

メディアが扇情的な見出しをつけて派手な映像を流すことだけに注力しているからこそ、ワンフレーズで、中身の議論のない選挙を許してしまっているともいえます。

まずメディアがその姿勢を改めることで、国民による政党や各議員への監視体制を強め、それによって与野党の双方にプレッシャーを与えることこそ求められているのではないかと思います。

メディアが未熟だからこそ政治が未熟なのであり、厳しく我が身を正せば、そのメディアを許している私たちにもその責任はあるように思います。

選挙が終わった途端、自己反省すらなく「民意が反映されていない」などと主張するメディアを許していてはいけないと思います。民意を反映していない政治に選挙でNoを突きつけるのはもちろんですが、その政治を冷静な視点で監視できていないメディアにも厳しい視線を送る必要がある様に感じます。

 

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