「フェイクニュース」報道の問題点

最近、既存マスメディアとくにテレビ報道において「フェイクニュース」が取り上げられます。

特にテレビではネットメディア、特にSNS(ソーシャルネットワークサービス)を対象としてフェイクニュース問題があるという文面で取り上げられているように感じます。

しかしこの既存メディアによるフェイクニュース報道には別の問題が隠れているのではないでしょうか。

「東スポ」

実際問題、私たちは例えば東京スポーツ新聞(いわゆる東スポ)の見出しには多分に嘘が混じっていることを知っています。むしろ嘘のほうが多いといっても良いかも知れません。

新聞は折り込んだ状態で販売されることを利用して、折返しの裏面に「か?」などと表示されるのは当然として、駅やコンビニなどで広く販売され、手に取っている人も多いように感じます。

しかし冷静に考えればこれは「フェイクニュース」にほかなりません。

それ以外でも女性向け雑誌などで、何の根拠もないような「俳優の○○と女優の○○が真剣交際。×月にも結婚か!?」などという報道はしょっちゅう見かけますし、昼のワイドショーなどでも多く扱っています。

これもフェイクニュースではないのでしょうか?

これらの報道に、きちんとしたファクトやエビデンスはあるのでしょうか?

なぜ東スポやワイドショーは許されて、SNSは許されないのでしょか?

信頼度

結局この問題は、メディアの信頼度に行き着くとされています。

例えば上記の東スポであれば、人々は(嘘かもしれない)というイメージを持ちながら東スポを手に取ります。

女性雑誌の交際報道なども同様でしょう。芸能人の交際情報に裏付けがあるのをほとんど聞いたことがありませんし、その証拠とされるのは”芸能記者”というどう見てもいかがわしい人が個人的に入手した情報を話しているだけです。

しかしこれらのメディアや番組がフェイクニュースだと攻撃されるのも聞いたことがありません。

つまり人々の間に「マスメディアごとの信頼度」があって、その信頼度に従って情報を受け取っている、という理由でフェイクであることが免除されているというのです。

一方SNS(ツイッターなど)の場合、どういう人物かわからない人の個人的なつぶやきが、なんのチェックも受けずに拡散され、巨大なニュースとなって人々に伝わっていくとされています。

実際に、SNSなどで何かが流れてきた場合に、わざわざ裏付けを取る人は少ないでしょう。ましてや外出中でスマホでそのニュースを見た場合などは、手間を掛けて調べることなどはまず行わないと思います。

どうすれば良いのか?

結局、人々はSNSの影響度の大きさに対してその扱いに手をこまねいている状態なのです。

ではどうすればいいのでしょうか?

ネットサービスへの法規制や、発信者による重み付けなど様々なコントロール方法が提案されていますが、どれも難しいものがあります。

何しろ、Twitterに代表される大半のSNSは海外(ほとんどがアメリカ)のサービスであり、日本の国内法で制限したところでまったく意味が無いのです。

また人口比率的にも、日本語利用者は世界で1億人前後しかいませんから、もし仮に国内向けSNSサービスに法的な規制を掛けるようなことを行った所で、それは該当サービスの日本語利用自体に制限がかかるという可能性すらあります。

例えばかつてグーグルが中国から撤退したように、世界のネットサービスが日本を対象外とする事態も考えられます。

中国は独自の検索サービスに加え、Twitterについてもウェイボー(微博)という独自サービスを展開しています。しかしそれは人口が10億人近くいるという規模メリットがあるためにできることであって、日本語利用者1億人の市場で独自サービスを成立させることはかなり厳しいものがあると思われますし、また今後少子化傾向によりその利用者が減少していくことを考慮すると、まったく得策ではありません。

それ以前に、多々ある規制を外圧に従って順次開放するだけの施策しか取れない日本の官僚に、世界の動向に先んじて迅速かつダイナミックに許認可を行っていくことなど全く期待できません。

そうなれば世界のインターネットサービスから日本人が切り捨てられるだけになりかねません。

既存メディアとインターネットの関係

現在FacebookやTwitterなどでは、フェイクニュースや危険な言説に対してブロックが掛かるような仕組みづくりを行っていますが、これに頼っていくしかないのが日本の現状です。両社を含め、結局海外の一民間企業でしかありませんので、その方針にいちいち左右されるというのも愉快なことではありません。

となると、これは簡単なことではなく、やはり時間を掛けてどうあるべきかを「利用者一人ひとりが考えていく」必要がある様に思います。その上で、ソーシャルメディアなどにおいて議論を交わしていくことにより、フェイクニュースをみんなの目で見つけ出したり、あるいはこれはフェイクではないか?と裏付けを取るようになっていくようになればいいのではないかと思います。

と同時に、既存メディアにおいても手放しで許されるのではなく、自らの姿勢を正すような視線でチェックすべき必要もあるように思います。先に出来たメディアが後から出てきたメディアを叩いているという構図では済まされないと思いますし、また「東スポだから許される」など野放しにするのでは、ネットに対して大きな顔をする権利もありません。

情報を伝えるという点においては、その媒体が紙であろうが、TV電波であろうが、ネットワークであろうが、何ら変わりはないのですから。

ましてやそれが、大資本だけが参入できるようなメディアの時代が終わりつつあり、個人が何の資格もなく発信できるようになったこのインターネットというメディアを、慌てて規制するようなことは可能な限り避けるべきだと考えます。

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