「排除」の何がダメだったのか?

小池新党「希望の党」は、衆議院選挙において「完敗(小池代表)」しました。

マスコミでは、その敗因を様々に分析していますが、特に選挙期間中には「排除いたします」発言がダメだったという論調であったように思います。

では「排除」の何がダメだったのか?を考えてみます。

排除はいけないことなのか?

そもそも政党とは何でしょうか?

大辞林 第三版では、「政党」について

政治上の主義・主張を同じくする者によって組織され、その主義・主張を実現するための活動を行う団体。

と定義します。

わかりやすい定義です。つまりは、主義・主張を同じくした者が集まり主義・主張を実現することが政党の第一義なのです。

ここで先の小池発言をもう一度見てみると、

(リベラル派を大量虐殺するのかという問いに対して)

前原代表(元発言では”知事”)がどういう発言をされたのか承知していませんが、排除されないということはございませんで、排除いたします。

というか、絞らせていただくということです。それはやはり、安全保障や憲法観という根幹部分で一致していくことが政党の構成員として必要最低限のことではないかと思っています。

と答えたのは、上の定義に照らせば何も問題はなく、むしろ当たり前といえます。

ここでいう「リベラル派」とは、小池氏が掲げた寛容な保守、現実的な安全保障対応などには方針を異にしていると(その時点では)考えられましたし、むしろ国防・安全保障という根幹たる政策において主義・主張が異なるにも関わらず、それを捻じ曲げてまで合流しようとしていたとすれば、それこそ「選挙のための野合」であったわけです。

これは民主主義において最も忌避されるべき行動ですし、直後に見えている選挙のために政策をブレさせるとすれば、これほど選挙民をバカにしていることもありません。

排除論理がさらけ出したもの

ではその当然である排除宣言がもたらしたものとは、何だったのでしょうか?

発言当初は明白ではなかったのですが、小池氏の排除宣言は「議員のポリシー」を白日のもとに晒す効果があり、「選挙のためには重要政策をも簡単に変えてしまう議員」と、「たとえ選挙で不利になろうとも政策を捻じ曲げず筋を通そうとする議員」との差を明白にしました。

これにより、

  • 政策を捻じ曲げて「希望の党」に合流した議員
  • 政策を捻じ曲げず「立憲民主党」を立ち上げた議員

の差が誰の目にも明らかとなり、前者はいささか卑怯に映り、後者は潔い印象を与えたのです。

さらに排除宣言後には、(いったんは踏み絵をしたものの)選挙期間中にも関わらず小池代表との考え方の違いを堂々と述べる候補まで現れ、そこに見苦しさ、醜さを感じ取った人も多かったのではないかと思います。また当選のために政策を捻じ曲げる姿に失望した(投票すべきでないと判断した)という方も多かったのかも知れません。要するに信念なく状況でころころと立ち位置を変えるコウモリ議員だという批判です。

言葉を変えれば、立憲民主党に投票した人には、どこか判官びいきのような心境があったのかもしれません。

つまり、排除宣言によって結果的に得したのは、排除された側の立憲民主党メンバーであったのです。

なお、「小池氏に寛容さがなかった(必要だった)」という批判をしているマスコミがあるのですが、これはどうかと思います。真剣に(現実的に)政権交代を目指すのであれば、清濁(左右)を寄せ集めた旧民主党方式では限界があったということは国民は痛感してますから、今回打倒自民(政権交代)の旗印を掲げるに当たってポリシーの一致は最低限の要件だったのです。大連合しか戦略がなかったと言い張るマスコミは国民を舐めすぎでしょう。

清濁取り混ぜた連合方式ならば結党以来60年を経て熟成されている自民党で充分であり、歴史の浅い新党では到底それに及ばず安定的な政権運営は望めない。また国内外の緊迫した状況の中、今さら経験の薄い政党に任せるというチャレンジは行いにくいというのが国民の多数の意見だったのでしょう。直前に行われた民進党代表戦でも、内部対立の根深さとそれをうまくコントロールする能力の低さを露呈していましたのでなおさらでした。※もし代表戦で枝野氏が勝利していたら民進党は分裂すると言われていた。

この点については小池氏の「排除」するという判断は(言葉の選択ミスは別として)正しかったといえますし、それは皮肉なことに、「残党」イメージであった立憲民主党の予想外の勝利でも逆に証明されたともいえます。緊迫する国際政治の世界で生き残るためには、清濁をも併せ呑み相手と交渉できる強かさが必要だとはわかりつつも、多くの日本人が政治家に求めるのは一本筋の通った清廉さだったのです。

小池氏の強み

上で見たように、小池氏の排除宣言は議員の立ち位置を明確にする効果がありました。

そしてそれは、皮肉なことに発言者である小池氏自信にも及んだと言えるでしょう。

これまで小池氏は、「男社会である政治の世界において、ただ一人立ち向かう女性」という見せ方で人気を集めてきました。もちろんTVキャスター出身の小池氏は早い時点でこれに気づいており、自らの行動をその視点で決定してきました。

小池氏自身は自らが立ち向かう障壁を「ガラスの天井」という用語で説明しています。「アウフヘーベン」なども含めこうしたフワッとしたパワーワードを使いこなして煙に巻くのは小池氏が最も得意とするところです。

これが明白だったのが2016年の東京都知事選挙でした。

当時小池氏は、自民党所属議員ながら安倍総理との反りが合わず、自民党総裁戦で敵対議員(石破氏)を応援した小池氏は閣外に置かれ、その言動がマスコミに取り上げられる機会も減っていました。

そこで一転、後発ながら都知事への立候補を表明すると、自民党東京都連の推薦を得られなかったばかりか、無所属での出馬と自民党への進退伺を提出したため、「退路を断った潔い行動」とマスコミはこぞって好意的に取り上げるようになります。

結果都知事選において、小池氏は291万票あまりを獲得し、女性初の東京都知事が生まれます。

さらに都政運営のための「都民ファーストの会」を自ら立ち上げると、続く都議会議員選挙においても圧勝し、過半数を占める状態になりました。

ここまでは小池氏は守旧派の男性陣に立ち向かうチャレンジャー的なイメージで勝利を積み重ねてきたともいえます。

しかし安倍総理大臣が衆議院解散を匂わし始めたときに、このバランスが崩れます。

総理の解散発表の直前に、突如「希望の党」を立ち上げ、自ら代表になるとサプライズ発表した瞬間が最高潮でした。人々の注目が、パンダの「シャンシャン」命名発表ニュースに集まる中、小池氏が突如起こしたこの行動は、驚きと同時に(特にマスコミにおいては)大いなる賛意を持って迎えられました。

後に、この行動は突発的な思いつきではなく、用意周到に準備された狙いすました行動であったことが知れ渡ります。まさに時流を読むのが得意な小池氏の真骨頂であったといえます。

排除宣言の副次的効果

マスコミは一斉にこの小池氏の動きを大変好意的に取り上げ、この瞬間においては小池新党の野党第一党はほぼ約束されたかの様相を呈していました。

その直後の安倍総理の解散宣言において、勝敗ラインを問われた総理は「与党で過半数(233議席)以上を取りたい」と口数少なく答えています。選挙後313議席で確定した今となってはなんと弱気なと思えますが、当時の小池氏に吹いていた風を考慮すれば、これですら自信が持てなかったというのが正直なところだったのでしょう。

一部では、最終兵器として小池氏の衆議院選出馬により野党第一党以上を勝ち取り、女性初の総理大臣の椅子も見えてきたとまで持ち上げる向きもあったようです。

その後、民進党代表戦を終えたばかりの前原代表の「希望の党合流」宣言があり、それに続いたのが問題の「全民進党議員の無条件合流を許さない排除宣言」でした。

ここで人々が感じたのは、キャスティングボードを握ったかに見えた小池氏の「強者の論理」だったのです。

翌日からは、「踏み絵」「股くぐり」などのキーワードがマスコミを騒がし、その際に、にこやかに排除宣言をする小池氏の映像は恐ろしいほどのマッチングを見せ、か弱いチャレンジャーではない、むしろ傲慢とも言える小池氏の本性をさらけ出しました。

さらに、前原氏と代表戦を争い禍根を残したままの枝野氏が、文字通りたったひとりで「立憲民主党」の立ち上げを表明すると、選挙民はそこに潔さを感じると同時に、小池氏に権力を握ったものの恐ろしさを見出したのです。

10年あまりテレビの世界に身を置き、TV東京系の看板ニュース番組の女性キャスターを長らく務め、「言葉の影響力」を熟知しているはずの小池氏としては、手痛い失態でした。

ここにきて立場は逆転し、みるみるうちに希望の党の勢いはしぼんでしまい、開票してみれば小池氏のお膝元であるはずの関東ブロックですら、希望の党は惨敗する結果となってしまったのです。

勝者と敗者

今回の衆議院選挙の勝者と敗者は誰なのでしょうか。もう一度見てみましょう。

自民党は、公選法改正に伴う改選議席数減少をはねのけて改選前議席を上回る議席を確保しました。圧勝といえます。小池氏立候補によりいったんは苦境に追い込まれながらも、同氏の排除宣言と野党間の混乱で最も利益(漁夫の利)を得たのは自民党だったともいえます。

連立与党を組んでいる公明党、さらに是々非々で与党と政策協力を行っている維新の党はそれぞれ議席を減らしています。特に維新については、地元である大阪ブロックですら苦戦しており小池氏との三都連合などの発表が逆風となってしまったといえます。

立憲民主党は「躍進」という取り上げ方をされていますが、その実態が旧民主党(立憲民主党幹部は旧菅直人政権幹部、連合神津氏がバックアップ)であり、2014年衆議院選での73議席、2017年9月末時点での90人を考慮すれば、横ばいか微増と言うところではないかと思います。※旧民進党衆議院議員のうち当選は、希望の党組45人、立憲民主党組40人、無所属20人の計105人。

なおかつ、立憲民主党が勝利した代わりに共産党が議席を減らすという皮肉な結果にもなっていることを考えると、これ以上の大幅な勢力アップは難しい(左寄り反自民の浮動票の取り合い)のではないかと思われます。もちろん、希望の党の事実上の分裂の可能性もささやかれており、結果的に旧民主党メンバーの大合流の可能性も無きにしもあらずですが。

何より、希望の党の完敗は代表の小池氏自ら認めるところでありますが、それどころか小池氏の野望であった「女性初の総理大臣」の芽は、今回の惨敗で相当厳しくなったといえるでしょう。そればかりかお膝元の関東ブロックですら議席を落とした点や、国政公明党との無用なきしみを産んでしまったことを考慮すれば、今後、東京都政運営ですら苦戦が予想されます。

下手を打てば小池氏の政治生命の終焉もありえるとささやかれているようです。東京都政ではオリンピックを成功させるのは最低条件でしかなく、未解決のままの豊洲市場移転問題など重量級の課題がのしかかったままです。ましてや途中で都知事職を投げ出せば、それは小池氏自身の政治生命に大きなダメージを与えるのは確実です。2020年の任期満了まで小池氏は身動きが取れず、さらに都政への監視の目は衆院選前よりも一層厳しくなってしまったのです。

いずれにしろ、今回の自民圧勝により、少なくとも東京オリンピックまでの安倍氏続投は確約されたも同然となりました。

今後動きがあるとすれば、それ以降の「安倍総理の次」を狙っての動きになってきそうです。

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