台湾の「マスク実名販売制度」とそれを支えたもの

政治漫談
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ことあるごとにオードリー・タン氏がどうのこうのと唱える人がいるので、自分のメモとして日台の医療制度の違い、台湾の先進的な医療保険制度、今回の「マスク実名販売制度」(マスクマップ)周辺の動きなどをまとめてみた。

この問題を深く知ると各国の医療保険制度の違いなどが透けて見えてくるため、これを契機に日本の医療保険制度の今後の方向性を考えるきっかけにしたい。

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1.世界の医療制度のさわり

まず各国の医療保険制度の概要を見ていく。世界は一つではなく、医療制度といっても各国バラバラだ。制度が違えば当然その中で行えることも大きく異なってくる。

ご存知のように日本では「皆保険制度」を謳いかつ誇っているが、それは台湾を始めとして主要国でも行われており、日本がよく比較するアメリカが異常なのだと思ったほうが良い。

ここでは主に保険者(被保険者が加入する組織)を中心に、世界の医療制度の概要を見ていく。

※イギリス、ドイツ、フランスについての参考資料:

イギリス

国民保健サービス(National Health Service, NHS)が管轄。税方式で国家予算の約25%を投下。合法的に滞留している場合外国人も利用可能。

日本のようなフリーアクセス方式(どこの医者でも飛び込みで受診できる)ではなく、事前登録のかかりつけ医制度をとっており、かかりつけ医の受診・紹介がなければ専門医による二次受診は受けられない。

 

ドイツ

社会保険方式で、日本と似ており保険者(被保険者が加入する組織)が100以上存在する。財源は労使拠出の保険料で、税補填は原則行っていない。

所得が一定限度以下のものが加入する義務があり、国民の9割が加入している。公務員・自営業者・高所得者はこの加入義務が免除される。

かかりつけ医制度があるが、10ユーロ(千数百円)を支払うことで専門医に直接受診できる。実際には9割以上がかかりつけ医をもっている。

 

フランス

社会保険方式で職域保険。国民の99%が加入。財源は労使拠出の保険料で、目的税も投入されている。保険者はドイツ同様に多数分立している。主なものは、一般制度(91%加入)、特別制度(国家公務員)、非被用者制度(自営業者)、農業制度、任意的制度がある。

ドイツ同様の事前登録のかかりつけ医制度で、義務付けはないが医療費の5割を負担する必要があるために、実態としてかかりつけ医制度が機能している。※かかりつけ医経由だと3割負担(2割の自己負担差)。

 

アメリカ

公的医療保障制度としては、65歳以上の高齢者及び障害者を対象とした「メディケア」と、低所得層を対象に州政府が提供している「メディケイド」のみとなる。

現役世代の人は、民間の医療保険会社の医療保険に加入するしか医療保障を手に入れる手段がない。これは公的な関与を嫌い自由を重んじる米国民の考え方が根強いためである。有名なところでは、救急車を呼ぶと乗る時点で数万円を要求され支払えないと搬送すらしてくれない(日本では転院搬送などを除き基本無料)。

こうした現状を変えるべく、オバマ大統領が医療保険制度改革「オバマケア」(メディケア・メディケイド、民間医療保険いずれかへの加入義務付けと税制上の補助)を成立させたが、保険会社の負担が増加したことや国民の根強い反対もあり、トランプ大統領時代に税制上の補助が廃止された。

 

日本

ドイツ同様の社会保険方式で、保険者は主に職域で大きく分類される。

保険者には、協会けんぽ(中小企業従業員)、健康保険組合(大企業)、共済組合(公務員・教職員)、国民健康保険(自営業)などがある。これら保険者の総数は3000を超える。いわゆる保険カードは各保険者ごとにバラバラ。※なお「保険者番号」の先頭2桁が上記保険者区分を表している(国保除く)。保険者番号 | 保険証、医療証 | 医療保険の基礎知識

加入条件としては日本国内の住所が必要となる。またかかりつけ制度などがなく、基本的に保険証さえあればどこの医療機関でも受診できる。※大病院などで初診料を高く設定することで地元かかりつけ医に誘導している現状。

 

台湾

台湾でも職域ごとなどの各保険者が行っていたが、1995年に全国民強制加入の「全民健康保険制度」がスタート。全国の病院と健保特約薬局が、衛生福利部(日本で言う厚生労働省)のネットワークにオンライン接続する。

2004年には「全民健康保険カード」が紙からICチップに移行し、ICカードにより保険加入者(全国民)の情報と医療機関(病院・特約薬局)の情報が繋がり、衛生福利部 中央健康保険署で一括管理されている

 

さわりだけをざっと見てきたが、結局、医療保険制度は各国の事情により千差万別とまでは言わないが、制度から考え方まで相当違うということが理解できる。医療保険制度が違えば、その制度内でできることも当然違ってくる。

しかし日本においても医療や介護などの社会保障費が国家予算を圧迫しており、早急な改革が求められている。その中には、医療費のムダ削減(高齢者医療費の自己負担金上昇)、CTやMRIデータの共有化、マイナンバーカードと保険証の一体化なども含まれる。

※実際にコロナ禍において通常医療診療が忌避される中、従来よりも死亡率が低下したという皮肉な結果が出ている。

 

2.台湾の医療制度

次に、台湾の「マスク実名販売制度」を支えたものを知るために、さらに細かく台湾の医療制度を見ていく。キモはICチップ付き健康保険カードと医療情報共有システムである。

全民健康保険カード

ICチップ搭載の「全民健康保険カード」には、氏名・生年月日・ID番号が記載されている。カードリーダーで読み取ることにより、クラウド上の個人情報にアクセスできる。

これにより、診察予約、病院での受付・診療、薬局での処方箋のやり取りなどをこのカード1枚で済ませることができる。ここでいう病院とは、大病院はもちろん歯科医や、”中医”と呼ばれる中国の伝統的医学(漢方医)の病院でも同じように扱われる。

さらに台湾では「数位身分識別証、New eID(デジタルIDカード)」の計画も進んでおり(コロナ禍で延期)、これでは身分証、健康保険証、運転免許証などの機能までが同じカードに集約される予定となっている。

健保醫療資訊雲端e點通創新應用(医療情報共有システム)

さらに2013年からは「健保醫療資訊雲端e點通創新應用」(医療情報共有システム)が運用開始され、患者ごとの服薬情報や検査内容が一元管理されるようになった(後には検査項目や予防接種記録も)。

これにより医師が患者に対して、重複した検査や服薬指示をしなくなり”医療の無駄”を削減することができるようになった。この効果は2013年~2019年の7年間で74台湾ドル(約270億円)だったとする。さらに2018年からはCTやMRTの検査結果までもクラウド共有されるようになったという。

 

日本で目指す医療制度改革が、台湾ではすでに着実に実行されていることがわかる。特に診療情報服薬情報の統合により、医療費の無駄が削減できている点は、患者の立場としても嬉しいことではある。

 

3.マスクの実名販売制度

日本において、特にオードリー・タン氏の功績として語られるのが「マスクの実名販売制度」(台湾ではマスクマップと呼ぶ)だ。

これは2020年のコロナ禍において不織布マスクが全世界的に不足した折、台湾政府が個人ごとに購入できるマスクの枚数を制限することでなるべく多くの人々に行き渡らせようという目的で、配給マスクを受け取れる店舗情報をネットで提供したものである。このシステムは「口罩實名制1.0」で日本では「マスクの実名販売制度」、オードリー・タン氏らのインタビューではマスクマップと呼ばれている。

この仕組は、上記の台湾の医療制度(衛生福利部で被保険者一括管理+オンライン接続+ICカードでの個人証明)が大きく寄与していることがすぐ分かる。

実名販売制度導入の経緯

続いて、台湾政府が実名販売制度を導入した経緯を見てみる。※一番最初に運用開始した2020年2月時点の制度

  • 台湾政府は1月末にマスクを全量買上げ、そのマスクを1枚6台湾元(約21円)で1人1日3枚に限定して販売した。それでも入手困難な状況が続いたため、実名販売制度を開始した。
  • 購入希望者は、台湾全土に6,285カ所ある特約薬局(または303カ所ある衛生所)へ行き全民健康保険カードを提示することで購入できるようになる。
    • 1人が一度に買える量は2枚で価格は5台湾元(約18円)。一度購入すると7日経過しないと再購入できない。
    • つまり1週あたり大人子供共に1人2枚(3月2日には1週に大人3枚子供5枚に、3月末には2週間に大人9枚子供10枚に増量)。※他人から委任された場合は1枚に限定して買い占めを防ぐ。ただし家族分の代理は可能だったようだ。

実名販売制度導入の実際

実際にはどのように運用したのだろうか?

  • 2020年2月初旬からマスクの供給は台湾政府の管理下に置かれた。2月16日から実名販売制度による受け取りが開始
  • 特約薬局(販売店)への配給は毎日大人用200枚、子ども用50枚
    • ※つまり2月計画換算で大人100人+子供25人分ずつ。売り切れた場合は、別の特約薬局を探して購入する。
  • 国民身分証IDナンバーの末尾数字の奇数(月水金)、偶数(火木土)により購入曜日を分ける(日曜は両方)。マスクの配送は中華郵政股份有限公司が行う。
  • 売り切れが発生するため、マスクの在庫をネットで調べることができるようオードリー・タン氏がエンジニアチームと協力して「薬局版」のマスク在庫量システム(マスクマップ)を開発。※これより前に、「コンビニエンスストアにおけるマスク在庫現況」マップを設置したエンジニアチームがあり、それを全薬局版に展開した。
  • 購入する際には健康保険カードを提示の上、店舗側でシステム照会・入力を行い購入者ごとに購入枚数を厳密に管理する。

結局、マスクを配給制にしたところで自宅に届くわけではなく、国民はどこかの薬局でマスクを受け取る(実態は購入する)必要があるが、薬局側にも無尽蔵に貯蔵できないために枯渇(不足)状態が発生する。その時に付近にある薬局でのマスク在庫量を知っていないと薬局をハシゴして足で歩き回る羽目になる。それをスマホで手軽に検索できるようにしたのがマスクマップだといえる。

・そもそも、マスク在庫をGoogleマップ上に表示するというアイデアは台南在住のシビックハッカーであるハワード・ウー(吳展瑋、Howard Wu)が自発的に作ったものを、シビックハッカーコミュニティ「g0v(ガヴ・ゼロ)」のSlack上でシェアし、オードリーがそれを発見したのが起点となっている。※なおGooleマップに独自のデータをリンクさせマップ上に表示するAPIはGoogleが公開しているもので、台湾に限らずネット上にはこの技術を利用した独自マップが大量にある。
・2020年2月初めにハワード・ウーは自作した「コンビニマスクマップ」をリリースするが、アクセス過多になり、政府がマスク全量買上げを決めたこともあり(つまりコンビニで流通しない)クローズする。その日にオードリー・タンがハワードと協力者の江明宗をタグ付けをした上でAPI記述を提言、翌日には政府より提供されるデータフォーマットが伝えられ、その晩にはマスクマップがリリースされた。
・さらに、1000人ものシビックハッカーらと共同で、スマホが使いこなせない人たちのために”OK Google”や”Siri”などの音声アシスタントやLINE botなど130以上のアプリに応用していった。※その後、マスク生産量が増加し十分な供給見込みがたったため4月末にはマスクマップもクローズ。
・ハワード・ウーは、オードリー・タンについて「今回のコロナ禍でオードリーが果たしてくれた重要な役割は、政府にデータの使い方についてコンサルしてくれたことだと思っている。データ活用の先進性が民間ほど重視されない公務員組織の中で、複数の部署を跨ぎながらとスピーディに物事を進めていかなければならない時、全体のソリューションを練りあげられる人物なんて、そういないでしょう。」と語っており、オードリー自身も「自分はパイプ役をしただけで、マスクマップはシビックハッカーたちが作った」と語っている。これは大まかな実態を表しているだろうと思われる。
【コラムインタビュー】マスクマップを開発した台南在住のシビックハッカー ハワード・ウー|近藤弥生子(Yaeko Kondo) 台湾在住編集・ライター|note

4.マスク実名販売制度を支えたもの

実態

上記田中美帆氏のYahoo個人ブログにより、実名販売制度を開始した2020年時点では次のようなものだったとわかる

  • 買えるのは1週間に1人2枚ずつ
  • 全量政府買い上げのためこれ以外では流通しない。売り切れで割当分が購入できない場合は各自で近隣店を回ることになる。→そのために検索システムが必要だった。割当分以上はどうやっても購入できない
  • 店舗に並び健康保険カードを提示して予約、その後健康保険カードを店舗に渡してシステム照会・入力を行って1人あたり枚数を購入。これに約30分ほど

これは果たして称賛されるような性質のものなんだろうか?

もっとも流通枚数は台湾国内分に限られるためその生産体制に依存する。実際には、その後増産を行ったため2週間に大人9枚子供10枚にまで増量している。

先進的な台湾の医療保険システム

結局、優れているのは台湾の先進的な医療保険システムの方だと言ったほうが正確ではないだろうか。ここでのシステムとは、クラウドや管理システム、特約薬局で稼働する末端ソフトウェアなど各種ソフトウェアを含めた全体的な管理・運用体制のこと。

なにしろ保険者(被保険者が加入する組織)が単一で政府組織のため、国民一人ひとりを完全に集中管理できる。この点では1の”世界の医療制度のさわり”で見た主要国のうち、イギリスと台湾のみがその条件を満たしている。

逆に日本を含めた他の国では、保険者が複数以上存在するため集中的でシステム的な管理は難しいと想像できる。※各保険者の管理システムの上に政府の統合システムを載せ、さらに各システムに対して情報の反映が行われる必要がある。これらを齟齬や遅滞なく一体として連携するのは実態としてかなり難しい。

台湾については、これに加えて「医療共有システム」がすでに運用開始されていたため、病院での医療検査情報、薬局での服薬情報などが一元管理・共有されており、コロナ禍以前から効率的な医療体制が実際に運用開始されていた。

国民の誰がいつどこで診療予約して病院を受診し、どのような検査を行っていかなる処方箋を出され、薬局でどのような薬を出されたか?がすべて国家において一元管理されており、他の医療機関でもカードを提示することで参照できる。この既存システムに対して、国家が全量買い取って一元管理できているマスク情報を結びつけるのはそれほど難しくないことが理解できる。もともとマスクの配給については問題なくできる素地があったのだ。あとは逐次変化するマスクの在庫情報をマップに表示することだけと言っても良い。

例えて言えば、オードリー・タン氏がいかに天才で有能であろうとも、日本で同様の”実名販売システム”を構築運用できるかと言えばそれは相当困難だ。実際には不可能だろう。もしできるならそれは日本のシステム屋でも構築はできる。思考の柔軟さとスピードこそ素晴らしいとは言え、マスク在庫情報の発信自体はシステム的にはそこまで高度なことではなく、先進的な台湾の医療保険システムがあったればこそで、そこにはタン氏の属人的なエンジニアとしての優秀さは特段必要ではないのだ。上で見たようにむしろオープンガバメント的な考えを政府に助言し、データ提供を実行させたことが偉大なのだ。ここを履き違えるといけない。

・なにしろ全量政府お買い上げで配給も政府が直轄しており、なおかつ個人証明書付きで固定枚数を買うのだから、各店舗にどれだけ在庫があるかは政府が完全に把握できている。それを集約してマップ上に表示するだけだ。特約薬局も政府が管理しており(システムに接続されている)場所も経営状況も把握できている。
・日本でも感染者との接触状況を把握するためのオープンソースアプリ開発において、同様の動きはあったことが報道されており、しかしその後政府が介入することでその芽が摘み取られ、さらには厚労省が乗り出すことで最悪な流れになった(Cocoaアプリ)ことはよく知られている。台湾の柔軟な動きとは対象的だ。

日本でやるなら?

もし仮に日本でこのシステムを運用するにはどうすれば良いのだろうか?

  1. 保険者の単一化:協会そんぽや企業健保、国民健保、共済組合これらを組織的に統合しなければならない。少なくともシステム的に統合し、連携が図れるようにしなければならない。ちなみにこれら保険者の総数は3000を超える。組織統合しないままのシステム統合は不可能に近いのではないか。
  2. 統合ICカード:組織が単一でない場合、全保険者で統一した管理が行えるよう何らかの番号管理が必要になる。もし組織が統合できればマイナンバーカードなどへの統合で代用できる。
  3. システム構築と付随する業務:管理システム、医療機関でのシステム、薬局でのシステム、全データを管理するクラウドシステム、カード類の管理システムと管理業務。

どれ一つとっても、到底台湾のような医療システム構築は難しいと思えてくる。なにしろ保険者ごとに制度も負担金もまったく異なるのだから1番だけでも年単位の議論と法改正、厚労省などの組織改革が必要だろう。

しかも問題はメディアサイドにもある。今回のコロナ禍においても海外事例を持ち出して日本政府に対応を批判するだけであり、日本の医療保険制度全体を改善するべきという議論はほとんど起こらなかった(そこに踏み込めばマスコミが忌み嫌っているマイナンバー制度の肯定につながる恐れがある)。

現に、今般2021年9月のデジタル庁創設にあたってそのトップを誰にするかという議論が巻き起こった際も、(大変失礼な物言いだが)オードリー・タン氏を連れてくれば良いなどという論調で語る人間が非常に多かった。これは、現行の日本の医療保険制度や世界各国の(少なくとも台湾の)医療保険制度を理解しようともせず、ただコロナ禍での対応遅れを論点として日本政府を叩きたいという目的でのみ動いているためだ。

これでは、上記したような日本での対応などはできそうもない。

ましてや、医療保険制度どころかマイナンバーカード自体普及が遅れており、その反対理由も「メリットがない」などの理由まであるのだから開いた口が塞がらない。日本政府では健康保険カードとの統合を目論んでいるがそれも普及率が低いままではあまり効果が出ないだろう。

給付金手続きで「統合システム」と「個人証明書としてのICカード」の必要性は理解できたと思うのだが、残念ながら日本での議論はそこからになる。

・これも呆れる話で、日本政府は国民一人ひとりの個人情報(住所、生年月日、居住地)を「直接的には」把握できていない。そのため、(全国民対象の)マスクを配るにも給付金を配るにも、基礎自治体を経由する必要が出てくる。税金はきっちり取ってるじゃないかという人がいるかも知れないが、あれも大半を占めるサラリーマンは企業を経由しており、ましてや納税していない子供については対象外だ。※例えばアメリカでは日本で言う「確定申告」(タックスリターン)をアメリカ在住者全員に義務付けており、国民一人ひとりが直接申告している。このため表計算ソフトが早期に必要とされたのだ。
・当然、基礎自治体側もそれらの事務手続きを効率的に行う仕組みなど持っておらず、毎回手作業に近い手続きを踏んで処理するので大変時間もかかる。

政治不信だからといって揚げ足を取るような批判ばかりが続くが、人を批判するだけの流れは決して日本の未来を明るい方向には向かわせない。まずは自ら選挙に行くことで、少しずつ政治に興味を持ち、日本がより良い方向へ行くための提案を支持するなどによって政治に参加することが先決だと思われる。

 

オードリー・タン氏について

なおこの拙文は、当然ながらオードリー・タン氏を卑下するものではありません。

氏のエンジニアとしての技量は当然世界(特にHaskell及びPerlコミュニティなどフリーソフトウェア界において)で認められているし、なおかつそれは台湾の教育制度の賜物でもありません。

氏はそのあまりに高度過ぎる知能(IQ180以上)と先天性の心臓病を患っていたこともあり、台湾の教育制度に馴染めず、またいじめを受けたこともあって不登校を繰り返してきました。幼少の頃には成人できるかさえ医師に危ぶまれたと言います。中学校になると氏は自宅学習を周囲に訴えて中退し、母の李雅卿氏もそれを支えます。日本人はIQの話が大好きですが、氏は自身のIQの話を嫌っています。私自身も(IQではなく)努力の結果、彼の現在があると考えます。

12歳で受けた心臓手術も成功し、独自にプログラミング能力を開花させた氏は、19歳でシリコンバレーにおいてソフトウェア会社を起業しています。後にApple社に顧問として招かれ「Siri」プロジェクトにも加わっています。その後、母の李雅卿氏は寄付を募り新たな学校「種子学園」を創設し自ら初代学園長となっています。

つまりオードリー・タン氏は台湾の教育制度によって育てられたのではなく、それに収まりきらず自主的にプログラミング能力を学び開花させた人物なのです。

氏の功績は偉大なものですが、日本が注目するマスクマップは氏も参加してきた「g0v 零時政府(gov-zero)」というオープンコミュニティとオープンガバメントの流れ、そして先進的な医療保険制度があってはじめて実現したものであることを重々理解しておく必要があると考えます。

 

追記:イスラエルの事例

たまたまイスラエルの事例が書かれているページを見る機会があった。

平時と有事とが連続する世界に生きるには – WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)

イスラエルといえばワクチン接種が驚異的なスピードで進められたことで一時期話題になった。日本ではユダヤコネクションを活かし(ワクチンを優先獲得し)た、あるいは国民の(接種後経過)データを提供する契約によって早期入手を確立したなどの話が流れたが、主に日本政府批判の援用に用いられるのみでなぜ成功したか?が深堀りされることはなかった。

しかしこの記事によれば、いくつかの成功要因があったことがわかる。

  1. ディジタルヘルス・インフラが整備されており、電子健康情報システム(EHR)によって全国民の医療情報がデータベース化されており、どこでも引き出せる仕組みができあがっている
    ※EHR:Electric Health Record。閲覧システムがOFEK。次世代システムEITANの整備中。
  2. 健康維持機構(HMO)が全国民に通知が可能
    ※HMO:Health Maintenance Organization。日本の健康保険組合のような組織で、すべての病院・医師はこの傘下に置かれている。HMOは4つあり、クラリット(Clalit 52%)、マッカビ(Maccabi 26%)、メウヒデット(Meuchedet 14%)、レウミット(Leumit 8%)。
  3. ワクチン接種可能な病院の予約がスマホでも可能であった

などの成功要因を上げている。要するに台湾と同様の先進的な医療保険制度が整っているということになる。

またJETROのこちらの記事(医療データを活用するデジタルヘルスケア(イスラエル) | 地域・分析レポート – 海外ビジネス情報 – ジェトロ)、こうしたシステムにより、すでに1990年代なかばからデータ蓄積されており、今や出生時から生涯にわたり継続して電子データの形で蓄積され、イスラエル国内のどの病院からでも必要に応じて患者の医療データにアクセスすることができるという。

さらに単に蓄積するだけでなくAIによりデータが分析され、病気になる可能性が高いと考えられる対象者をあらかじめスクリーニングし、病気になる前の段階で診断を受けるように促す仕組みまで稼働しているという。こうしたデータ活用により、遺伝、外部環境の要因による疾病を予防し、病気の早期発見と治療、増悪防止、再発防止を実現している。

これらは医療リソースのムダを徹底的に省くためにあるという。病院に行く必要がある患者に対して優先的に医療サービスを提供すること、病院に行く必要性が低い、または必要がない場合は、なるべく病院に行かなくて済むような仕組み作りがなされている。例えば患者は処方箋を受け取るためだけに医療機関に行く必要はなく、スマートフォンのアプリで処方箋発行手続きが完了するという。

これらの根本にあるのは、イスラエルの置かれた周辺状況が最大の要因として存在する。常時戦争状態下のイスラエルでは、男女問わない徴兵制が敷かれており、前線で傷ついた兵士も後送することなく現地で治療できる体制まで考慮して構築されているのだ。

 

前記WirelessWire Newsの記事では、同様の事例としてエストニアを挙げている。
エストニアは旧ソ連邦所属国家の一つで、バルト海とフィンランド湾に接する(フィンランドに南面する)北欧国家である。いあゆるバルト三国の最北に位置する。エストニア基礎データ|外務省

ソ連崩壊後に親米路線を取り続けているエストニアは、ロシアからは常に圧迫を受け続けるが人口はわずか133万人しかいない。これは日本で言えば奈良県(136万)や青森県(131万人)に近い人口である。当然国家は常に存亡の危機に瀕しており、物理的に国土を喪失する可能性まで考慮し、オンライン上に電子国家を構築することで国家の存続を企図しているという。生半可の覚悟で電子政府・電子行政を進めてはいない。

 

これらイスラエル、エストニア同様に台湾も同様の立ち位置にあり、隣接する巨大国家中国(中華人民共和国)から圧迫を受け続けている。似た国家観になるのは環境によるものだろうか。”憲法九条を唱えれば世界が平和になる”と信じている人が一定数存在する日本とは緊張感がまったく異なっているのだ。

また昨今のマスコミ報道や野党の活動は、政府の方針や決定事項をすべて否定し反対することを目的としており、そこにはこうした緊張感はおろか、国家観やこの国を将来どこに導くかという視点はない。日本ではまずそこから変えていく必要があるのかも知れない。

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