言葉狩りの裏にある心理

自民党幹事長の「まずまずには収まった」という台風評価コメントに批判が集まっている。

これは、2011年の東北大震災の際の東京都民の感情と同じで、自分たちの本音をついつい漏らしてしまった人を許さない流れだ。

元維新系大阪市長が言い放った言葉で明らかなように、日本の防災は下流域の大都市圏を中流域で守っているというのは実際そうなっているし、それは中流域でいくら対策しても結局は下流域の処理能力に依存してしまうという河川洪水の特徴でもある。

今回、埼玉の彩湖(荒川第一調節池)やいわゆる地下神殿(外郭放水路調圧水槽)でまず大水量の水を受け止め、最終的には荒川から隅田川へと流れ込む岩淵水門を閉じることで江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)は守られた。

今回の台風で養生テープや水などの確保に走った多くの東京都民は、二階氏とおなじ感想を持ったに違いない。しかしそれを言葉に出してしまうことは、やはりどこかにやましいものが有るので言えない。だからこそ、二階氏の発言を叩いておかないと自分たちまで同じ感情を持っていると誤解されかねない。いや実際には誰しもが持っているのだ。だからこそ発言者を攻撃するのである。これは東北大震災の時の東京都民の感情と同じ構造であると思う。

「(東日本大震災は)東北で良かった」=「東京でなくて良かった」なのであって、それは決してクチに出してはいけないのだ。

しかし実際の所は人間誰しもそんなものであって、自分が「ウチ(内・家)」と感じる領域に被害がなければ安堵する。それは大きければ大きいほど大きな安堵に繋がり、他人を思いやる余裕につながっていく。その感情はどうしようもない。

今回、たまたま東京都のしかも高級住宅地と認識されていた二子玉川エリアと武蔵小杉エリアで氾濫と洪水があった。どっちも多摩川流域である。

この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。

この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。

このうち二子玉川エリアについては、過去にブラタモリでもとりあげていたように、住民の反対運動により堤防が築けなかったエリア(事実、堤防は今回浸水したエリアの外側=多摩堤通り沿いにある)なので、自業自得と言わざるを得ない。大きな川(多摩川)に小さな川(野川)が合流する地点では、大きな川に合流できなかった水が逃げ場を求めて小さな川の方から溢れる(バックウォーター現象)。教科書どおりに溢れたと言わざるを得ない。築堤反対運動をしていた人たちはとっくに逃げているようだが、恐らく住民たちも怒りのぶつけようがないのではないだろうか。※対岸の平瀬川合流箇所もおなじ現象。

いっぽうの武蔵小杉エリアについては、タワーマンションが林立して通勤時の渋滞問題まで引き起こすほどの人気エリアとなっていたが、ここでもやはりブラタモリの武蔵小杉編で多摩川がかつては暴れ川であり、その結果として多摩川エリアでは東京都川と神奈川県川で同一地名が残っている箇所がいくつもあるという指摘がなされていた。※つまり、かつて多摩川がぐにゃぐにゃと何度も河道を変えていたという証拠。

実際に今昔マップなどで確認すると、ブラタモリでとりあげていた等々力陸上競技場エリアのほかにも、タワーマンションが林立する現在の武蔵小杉駅周辺が元は多摩川の旧河道であったことがわかる。人間は河川を力で抑え込んだと思いこんでいるが、河(水)の方はそんなつもりは毛頭なく、流れる方に流れますよくらいでしかない。

確か番組では小杉エリアを「元は工場地帯で」「その前は一面の田んぼ」だったからタワマンが林立できたとごまかしていたけれども、実際のところは河川氾濫などもあったことから住民が住み着かなかったエリアを工場用地として提供していたものを、その後住宅地へと転用したことがわかる。誰も住まなかったからこそ地面が空いていたに過ぎない。

氾濫は、起こるべくして起こるべき地で起こったのだとしか言いようがない。歴史や地理を軽視してきたツケを、ここにきて大きなしっぺ返しとして食らっているだけとも言える。

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