2020年5月に、とある民放番組に出演していた女性プロレスラーが自死した反響が大きく、著名人などを中心にネットの実名登録制について議論がなされているらしい。
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実名制の議論の行方
ネットの実名登録制というのはこれまでも何度か議論されてきたことだけれども、結局今回も実名強制には失敗すると思われる。
日本では、いわゆるまとめブログなどのソースとなっている5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)を始めとして、人が集まるネットメディアはだいたい匿名制となっている。会員登録を必要とするコミュニティでもニックネームが大半だ。
むしろ実名を強制するいわゆる顕名型のサービスは日本では流行っていない。Facebookなどがその代表だと思われるが、日本では劣化コピーのミクシィがいっとき流行ったけれども、すでに廃れて久しい。今どきミクシィを実名表示強制にするといったところで、困るのはごく一部の人達だろうし、どこか(例えばDiscordとか)に移住するだけだろう。
日本社会でのタブーと便所の落書き
けっきょく日本では、ネットコミュニティに求められているのは真面目に議論する場所ではなく憂さ晴らしのための場所でしか無いから、実名を晒してまでやりたくはないと言う人が多いのだ。
これは元々「飲み屋で政治と野球と宗教の話はするな」というのと同じ構図で、”家に招待まではしない”ぐらいの薄い関係の知り合いと、真面目に政治と宗教の議論をする人が稀なのが日本社会の特徴なのだ。
かといって濃い付き合いのある人とそういう話をするかといえば、それもしない。万が一宗派が違って揉めたら人間関係まで潰れてしまう。結局日本の一般庶民にとっては、そうした話題はタブーなのだ。
だから匿名制のコミュニティで憂さ晴らしというか雑談(よく言われる便所の落書き)をしているというのが現状なのだろうと思われる。もちろん便所の落書きであっても誹謗中傷はいけないし、罰せられる必要があるとは思う(これは手間がかかるけれども現状でもできる)が、それと実名強制とは別の次元である。
日本国内でのFacebookの廃れ具合や、かつては出会い系として流行ったらしいミクシィの現状を見れば一目瞭然だろう。
海外サービスへの悪影響とアングラ化
もしネットコミュニティでの実名登録を法令で強制し、基準を満たさないサービスを提供禁止などの措置に出てしまえば、そうした匿名系コミュニティを表面上潰すだけであって、日本の法令の及ばない場所へと逃してしまうだけだと思われる。
そもそも5ちゃんねる自体、事実はどうかは確認できないけれどもドメインはジムという外国人の持ち物で、サーバーも海外のデータセンターにあるらしい。ということは、そうしたものまで網にかけるとすると結構広範なものを対象に引っ掛ける必要が出てくる。それは、日本向けの匿名系コミュニティサービスを萎縮させ、滅ぼすことに繋がるだけでしかない。
ヨーロッパのように言語的にも人口的にも文化的にも大きな影響力があって圧力団体化できるのなら話は別だが、日本という特殊なエリアにはそこまでの(金銭的な)魅力はない。(主にサポート的な面で)日本語対応もめんどくさいし、1億程度しかないキャパシティの上に今後どんどん減少していくことが確実なのだから、アジア圏を取り込むとしても隣でまもなく14億を超える中国圏対応をするほうが、共産党政府による監視があるとはいえ大きなスケールメリットがある。おまけに金持ちも多い。
海外のサービス提供者にとっては、日本のようにスケールメリットがない上に実名管理とか糞めんどくさいことを要求してくる国など、「おま国」指定してアクセス禁止にするほうがよほど楽だということになる。結果的に国際的な視点において、日本はパッシングされる国へと成り下がるだけなのだ。
また仮に日本向けにサービスするとしても、そうした法律の目をかいくぐるような体裁にすることが考えられ、結局はいわゆるアングラ化することは容易に想像できる。それはそれで一時的かつ一般的には小中学生くらいまでの利用抑制には繋がるだろうけれども、完全な解決にはならない。
完全に抑え込もうとすれば最終的にはプロバイダに対して接続を禁止するなどの措置を取らざるを得ない。しかもそれでも完全な制御など不可能で、いたちごっこは最終的にネットを国家の管理下に置くほかなくなってしまう。それはまるでネットを監視し、厳しく制限する中国のようになってしまう。
匿名多数との付き合い方
じゃあ規制もせずに、被害者が泣き寝入りするのか?というとそうではなく、亡くなった方には申し訳ないが、結局は現実社会同様に各個人が自衛するしか無いと思われる。
5ちゃんねるでは誹謗中傷的な罵り合いは日常的にあるが、それで死んだという人は聞かない。互いに匿名同士だから逃げ場所があるためだろうが、結局はコミュニティでの付き合い方に帰結するのではないかと思われる。
Twitterでは実名は強制されないが、実名を出したり本人証明をしてバッジをつけることもできる。しかしやってる人はごく一部で、だいたいは他のメディアでも顔出ししているような著名人が多い。じゃあこうした実名を出している人が誹謗中傷されていないかと言えばそんなことはなく、「ブロックしました」的な対応を取っているのをよく見かける。多い人になると数千アカウントをブロックしているらしい。ご苦労だと思うがそれが現状なのだ。
じゃあそんなメディアで顔出ししなければいいという指摘もされるだろうが、それはやはり人が社会生物(人間)である以上、人が集まる場所はそれなりに魅力はあるし、メリットもあるのだ。だからこそそんな場所でも顔出ししたり、実名をだしたりするのだ。
実際問題、現実社会でも道を歩いていてふとしたこじれから暴言をはかれることは残念ながらゼロではない。そうした時に警察等に連絡をして社会的制裁を加えるかと言うと、それは程度による。
例えばワイドショーなどで報道されるご近所トラブルのように、ポストにゴミを入れられたり、ピンポンダッシュを一度されただけでは相手を特定することもできない。しかしこうした行為が繰り返されるようなら、監視カメラを設置したり警察に相談するなどするのは普通だと思われる。それでも裁判所にねじ込むかといえばそんなことはなく、せいぜい警察の仲介で謝罪を受け入れて終わってしまうだろう。何しろ相手にも感情があるし反撃される可能性もある上、近所付き合いや引っ越しの手間などを考えると、なるべく穏便に済ませたいのが人情だろう。
スマホをみんな持つようになった現在、顔が売れている著名人ともなればいつ写真や動画・音声を撮られるかもわからず、恐らくコンビニにいくのでさえためらわれるようになっているのではないかと思われる。ただし路上でつきまとい行為をされ誹謗中傷をされたからといって、それで自死を選ぶかといえばもちろんそんなことはない。冷静に事務所などに相談の上で警察に通報するなどして対処すると思われる。これは匿名の一般庶民との付き合い方がわかっているからだと思われる。
どうすればいいのか?
では今回の場合どうするのが良かったのかと言うと、問題の起きたTwitterで考えてみれば、まずはブロックで対応し、しつこく誹謗中傷されたのであればサービス運営元であるTwitter社に報告すべきであって、その上でさらにエスカレートしそうであれば警察に相談するなど法的対応をちらつかせるべきだろう。
そもそも一方的につぶやくだけにして、リプライを見ないという手段もある。それは一方通行で意味がないというのならコメント欄を綴じたブログでもいいのではないか。
今回の人を詳しく知らないけれども、プロレスラーとして名前が売れていて、なおかつ地上波でも放映されるバラエティ番組に定期的に出演していることから、恐らくは芸能事務所にも所属している人だろうと思われる。まずは事務所・マネージャーに相談すべきだったのではないか。本人から相談されなくとも、マネージャーなど事務所サイドも(商品である所属芸能人の)そうした現状を把握して防衛するなどの手段も取るべきだったと思う。
実際に、あまり誹謗中傷が起きにくい(問題となりにくい)インスタグラムでの露出はするけども、Twitterでは公式アカウントをもたせていない芸能事務所などはけっこう多いと思われる。これはある意味正解だと思われ、本人がそれなりに受け流せるくらい成熟していないのならば、事務所がアカウントを管理するなどの対処は、事務所の事業内容を考えれば当然ながら必要だと思われる。
結局は各個人が、自分に向けられた行為に対して、度合いにより適切に対処し行動するほか無いというのは、現実社会でもネットでも変わらないと思われる。
それを法令で規制するという道は愚かでしかなく、国際的なネット社会での日本の地位低下まで招きかねない。日本国内でサービス展開に制限がかかるのであれば、優秀な技術者はますます海外へと流出するだろうし、それは日本がますます埋没していく原因にも繋がると思われる。
道具を規制するのではなく、使う人間が成熟するしか無い。著名人であればあるほどその付き合い方は慎重にする必要があるだろう。だからこそ各個人が成熟し、匿名の相手との付き合い方を学んでいくしかないと思われる。