「和式トイレの使い方」のデマ

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「和式トイレの使い方」のデマが流れているようです。

デマの発生源は、SNSでも広まっているためよくわかりませんが有名なところではどうも「はちま起稿」らしいです。

要するに、和式トイレは”金隠し(丸い盛り上がった半球形のもの)側を向いて座るのか”、それとも逆に”金隠しを後ろにして座るのか”という話で、今回のデマは「金隠し側を向いて座ることが間違い」である(つまり金隠しを背後にして使用するべきだ)としています。

そんな訳はないので検証していきましょう。

和式トイレ(いらすとや様より)

金隠しの起源

今回のデマでは、後ろ向きに座る根拠として、金隠しの起源が「きぬかけ」にあるとしています。

「きぬかけ」とは、平安時代など日常的に着物(和服)を着ていた頃に、着物の裾が汚れないように「衣掛(きぬかけ)」にかけて衣掛を後ろにして座っていたのだとしています。

だからその後継である金隠しも体の後ろにあるべきだというのです。

しかしこれは誤り(デマ)です。

諸説あるようですが、遅くとも江戸時代頃には一般的に”長着”に”袴”を着用するようになっており(正式な場ではさらに紋付の羽織や裃を着用する)、用を足す場合には便所の前の間で袴(と大刀)を脱ぎ、長着のみとなって便所に入っていたといいます。

つまり、かつての「着物の裾を衣掛にかける」という使い方は、おそらくこの頃にはそれ以前と異なる使い方をされていたと思われます(つまりこの頃にはすでに板状の金隠しを前にして座っていた)。

※当然ながら上記は(比較的上級な)武士階級のみであって、庶民の間では野糞(川に流したり)が主流だったと思われます。袴なんて付けないでしょうから、男性の場合は上着をまくってふんどしをずらしたり解いたりして用便していたのでしょう。なお江戸時代には城下町などを中心に庶民の間でも(排泄物再利用のための)共同便所が出現していったようです。

・もっと確実な証拠が知りたければ、水洗式便所が広まる前の主流であった「汲み取り式便所」で画像検索すれば一目瞭然です(かなり汚い画像ばかりですが)。ちゃんと金隠し側に向けて座ったお尻の位置に合わせて、(金隠しを前として)便器後方に穴が開いていることがわかるかと思います。当時は性能の良い水洗なんて仕組みはありませんから(さらに大量の水を流し込むと便回収の頻度が上がってしまう)、ウンチを「直接」穴の下にある便槽に落下させないとけっこう面倒くさい事になってしまいます。だからお尻が穴の上に来るようにしてウンチをダイレクトに肥溜めに落下させるようにしていた。
・もう少しわかりやすい例では、幼児用の「ベビーおまる」で検索しても良いでしょう。金隠しをモチーフにしたと思われるハンドル部分はもちろん体の前方にあります。まさかハンドルを後ろにして「ベビーおまる」に座らせる人は居ないでしょう。

 

和式トイレの正しい使い方

では「和式トイレの正しい使い方」はというと、いうまでもなく(扉を後ろにして)金隠し側を向いて座る使い方です。

少し考えてみればわかることですが、日本社会では長らく右利きが主流であったため、ほとんどの和式トイレのケースにおいて、トイレットペーパーホルダーは金隠し側を向いたときに右前方にあります。

※現在主流の「洋式トイレ」では、たいていはトイレのフタを開けてから振り返り入口側を向いて座る。さらに便槽などの仕組みが不要になったことからトイレ部屋自体がコンパクトになり、左右どちらにトイレットペーパーホルダーが付いていても不便なく利用可能になりレイアウトの自由度が上がった。

これがもし金隠しと逆に座る前提であれば、トイレットペーパーを使う際に体の左後方に体をひねって手を伸ばす羽目になり、右利きの人が多かった日本社会ではとんでもなく支障をきたすことになります。

上のいらすとや様の和式トイレのイラストでも、水栓レバーが正面右手側についています。これも前後逆に座っていたら使いづらくて仕方ありません。

 

参考サイト

参照元がないと信用しない人も居るでしょうから参考サイトを掲載しておきます。

  • ※けっこう閲覧されているようなので参考リンク先を更新・追加しました。
京都市

京都市:外国人観光客向けトイレの使い方啓発ステッカー
https://www.city.kyoto.lg.jp/kankyo/page/0000193917.html
https://www.city.kyoto.lg.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000193/193917/(keiji)washiki.pdf

 近年、外国人観光客が急増し、使用後のトイレットペーパーをごみ箱に捨てるなど、自国の生活習慣に基づき、公衆トイレを使用されている観光客が多いのが現状です。
 そのため、トイレの適切な使用方法を御理解いただけるように、イラスト中心の啓発ステッカー(4言語併記)を作成しました。
 このステッカーは、市内の公衆トイレ及び民間施設のトイレを開放していただいている観光トイレ等に掲示しています。

 

啓発ステッカー(和式トイレ版)には、ちゃんと金隠しが前になるように描かれています。また”レバーを押すと水が流れます”という一番下の図でも、座ったまま手が伸ばせる位置にレバーが描かれているのがわかります。

 

TOTO(リンク先消失)

日本のトイレのつかい方|Guide to Japanese toilet|TOTO

 ※リンク先消失。前後がわかりやすいイラストのため、Wayback Machineより引用

1. ドーム状の部分がある方が前
下着を下ろしてしゃがんだ体勢で利用します。その際、使用する向きとしゃがむ位置に注意しましょう。
※基本的には扉に背を向ける姿勢になります。

ドーム状の部分がある方が前」とはっきり書かれています。要は金隠し側に向いて用便してくださいということです。なお和式トイレは、大抵の場合は扉を開けて入るとそのままトイレ奥側に金隠し(ドーム状の部分)があるため「基本的には扉に背を向ける」ということになります。

 

なぜデマが広まったのか

なぜ今回のデマは急速に広まったのでしょうか?

いくつか要因が考えられます。

  1. 右利きへの矯正があまり行われなくなったこと
  2. 和式トイレが公共の場から駆逐されつつあり、かつての利用者も記憶が曖昧になっていること
    ※洋式トイレで扉を向いて座るため和式でも同様だと思いこんでいる

いずれも「時代の流れ」とまとめることもできますが、順番に見ていきましょう。

右利きへの矯正があまり行われなくなったこと

かつての日本社会での右利き矯正の歴史を知らずに育った世代は、おそらくこうした日常生活の場面で設備がどう設計されているのかに注意を払うことが少なくなっているのだと思われます。

※とはいっても、自動改札などで困った経験があるはずなのですが。
ただ改札機についても、現在のタッチ&ゴー方式ではなく、高速道路のETCのように所持しているだけで通過できる方式が広まった頃にはまた別のコンセンサスが生まれるのだと思われます。

長らく日本刀を所持する生活を続けていたことを主要な要因として、日本では右利きを前提としたルールが数多く残っています。交通の場での左側通行もその一つです。

体の左側に刀を帯びている人同士が右側通行ですれ違えば、互いの刀が当たってしまいかねないので、当然左側通行になるのです(当時の道路は今ほど幅広ではありません)。刀も右利きが使いやすいように研いでます。ですから他の刃物も和物の包丁やハサミは基本的に右利きが右手に持って使う前提の作りになっていますし、例えば日本料理の板前さんなどは現在でも入門した時点で厳しく右利きに矯正されると聞きます。※現在は左利き用のハサミなど刃物が販売されるようになっている。

こうしたことを前提として、便所(トイレ)に至るまで日常生活の場はすべて右利き前提に作られてきました。個性を無視した右利き矯正が悪いとか、右利きを前提とした押し付けが悪いとかそういうことではありません。昔の日本はそうなっていたのであり、今も残っているものがあるというだけの話です。

和式トイレが駆逐されつつあること

もう一つの理由として、すでに公共の場で和式トイレは数少なくなっており、その傾向は都会になればなるほど顕著になります。東京都内中心部では、すでに公共の場で和式トイレを見ることなど無いかも知れません。もちろん家庭内のトイレもほぼほぼ洋式トイレになっていることでしょう。

こうした中、物心ついてから和式トイレを産まれて初めて目にした人は、どう使えばいいのか戸惑うといいます。そこで生まれたのが今回の「洋式トイレ同様に逆向きに(トビラを向いて)座っていて笑われた」という逸話になるのでしょう。

冷静に考えてみれば、和式トイレでトイレットペーパーを使う際に、もしトイレットペーパーホルダーが左側にあったとすれば、右利き社会で育った多くの人が困ってしまうので、そのような設計にすることはありえないことがわかります。※しかも逆向きに座ると左側背後になる。

もちろん実使用経験が殆どないのですから、和式トイレで大便を足すという行為自体が具体的に想像できず、トイレットペーパーホルダーや水栓レバーの位置などには想像も及ばないのです。だからこのようなデマが行き渡ってしまったのでしょう。

 

もっとも、すでに利き腕矯正自体が悪とされてから時が経っており、左利き用の刃物や文房具も身近に数多く販売されるようになりつつあります。ましてや和式トイレを使う機会など皆無に近く、もし見かけたとしてもそこは避けて近くのコンビニまで移動するという方が大半でしょう。

こうした日常のなんでもないしぐさは、それが(当時の服装なども含めて)至極当たり前であるがゆえに記録されることなどなく、時代の流れとともにいともかんたんに忘れ去られてしまいます。そうして、その行為にどういう意味があったのか、なぜそういう行為をしていたのかという記憶すら忘れ去られてしまいます。

今回のデマは、過去の「右利き大多数を前提としたコンセンサス」が崩れつつある時代の移り変わりに伴う現象の一つだと言えるかもしれません。

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